肺がんは早期発見・早期治療が、がんの再発や転移を防ぐにために重要になります。なかでも、根治的治療として大きな役割を果たすのが手術です。
肺がんの手術では内視鏡である胸腔鏡を用いた手術が主流になっています。胸腔鏡手術は従来の開胸手術と比較して手術創を小さくし肋骨筋肉を切断しないと言うメリットがあります。術者によって胸腔鏡手術は様々な方法があります。
広島大学病院 呼吸器外科の岡田 守人先生は、ハイブリッドVATSと呼ばれる低侵襲の肺がん手術の開発者として世界にその名を知られています。ハイブリッドVATSは、モニター視のみで行う胸腔鏡手術の課題を解決するとともに、「肺機能の温存」と「小さな手術創」の両立に成功しています。
今回は、同病院の岡田 守人先生に、肺がんの治療の選択肢と治療における今度の展望についてお話しいただきました。
肺がんの原因や症状については記事1『肺がんの原因や症状とは-非喫煙者にも増加中なのはなぜ?』をご覧ください。
肺がんの治療の選択肢は主に、手術、抗がん剤などの薬剤による化学療法、放射線治療であり、肺がんの3大治療と呼ばれています。
早期の肺がんであれば、手術による完全切除が確実な治療法になるでしょう。具体的には、ステージⅡ期以下、ステージⅢ期の一部には、根治的な治療として手術が適応されます。特に2cm以下の小型がんには区域切除といった縮小手術で肺機能を温存する術式が適応になることがあります。また手術の場合には、抗がん剤による治療を組み合わせることがあります。ステージⅠB以降であれば、再発の可能性がかなり認められるので、抗がん剤の治療を組み合わせることで少しでも再発を抑える効果が期待されています。
また、ステージⅢ期で、手術を適応できるかどうか判断に迷うような症例に関しては、手術前に放射線と抗がん剤によって、できるだけ腫瘍を小さくする治療法があります。
Ⅲ期の一部とⅣ期においては、基本的には延命効果を目的とした抗がん剤治療や放射線治療が適応されます。抗がん剤が進歩していることもあり、近年ではかなり延命が可能になりました。これまでIV期の肺がんと診断された方は1年生存することすら難しいケースも少なくありませんでしたが、近年ではステージⅣの患者さんであっても長期に生存する方もでてきています。
胸腔鏡(きょうくうきょう:高精度カメラを内蔵した内視鏡)を用いた手術は、近年の肺がん手術の主流となっています。胸腔鏡下手術では、小さな穴から胸腔鏡を入れ手術の操作もモニターを通して行います。
胸腔鏡下手術は、従来の開胸手術と異なり、手術創が小さい点が大きな特徴です。しかし、モニターのみを見ながら操作をする胸腔鏡手術では、拡大手術など複雑な操作が困難であるという課題もあります。
お話ししたように、近年の肺がん手術では、胸腔鏡を用いることで手術による傷を小さくすることに成功しました。しかし、私は、手術の傷を小さくすることだけに拘るべきではないと考えています。
肺がんの手術の目的は、あくまでがんの根治です。当然のことですが、手術創の大きさよりも、出来るだけ肺機能を温存させ確実に腫瘍を完全切除できるかが重要になります。
私が名付けた手術アプローチでハイブリッドVATS(Video Assisted Thoracic Surgery)があります。VATSとは胸腔鏡下手術を指し、ハイブリッドとはモニター視と直視を組み合わせた手術方法を指します。
モニター視のみの胸腔鏡下手術とハイブリッドVATSの大きな違いは、後者では直接患部を3次元の視野で視て病変を触ることができます。
私は、肺がんの手術に用いる低侵襲(ていしんしゅう)という言葉には、2つの意味があると考えています。一つは、肺をいかに温存するかです。病巣を含めて切除範囲を大きくすれば再発率は低くなる一方、肺活量は低下してしまいます。病巣をできるだけ小さく切除すること(縮小手術)で肺活量が温存され、術後の生活の質が維持できます。もう一つの意味は、傷をいかに小さくするかです。傷が小さければ術後の痛みの軽減につながりますし、早期の社会復帰を実現できます。
ハイブリッドVATSによる縮小手術は、肺機能の温存と小さな手術創(手術による傷)を両立しています。モニターだけに頼らず肉眼での直視を併用しているので、難度の高い手術が可能になります。
用いるものは、30センチほどの長尺クーパー(30センチほどの医療用のはさみ)です。切除した肺を取り出すための4センチほどの穴のほかは、胸腔鏡用の1センチほどの穴を一つ開けるくらいで、肋骨や筋肉を切ることもありません。
ハイブリッドVATSでは、肺を取り出すために切開した穴から腫瘍に直接触れることができます。胸腔鏡によるモニター視のみに頼ることなく、肉眼で病巣を確認することが可能になります。このため、安全で確実な手術を実施することができるのです。
記事1『肺がんの原因や症状とは-非喫煙者にも増加中なのはなぜ?』でお話ししたように、近年は肺がんの早期発見が増加したことに伴い、小型の肺がんが増えています。肺がんの手術は、がんがある肺葉と呼ばれる部位の切除が標準治療でした。
しかし、近年小型(2cm以下)の肺がんに対しては肺葉全体を切除するのではなく肺の切除量を縮小し切除する区域切除(肺葉切除の20〜50%程度の切除)を積極的に行っています。
これにより、肺機能の温存を可能にします。これは、細かい血管や気管支を扱う必要があるので、標準的な肺葉切除に比較して難易度の高い手術になりますが、ほとんどの手術は2時間以内で輸血の必要もない低侵襲の手術を実現しています。
低侵襲であることに加え、確実に腫瘍を切除することができるため、区域切除を行った患者さんの生存率は非常に高い結果を残しています。
薬剤による化学療法や放射線療法は、がん細胞だけでなく正常細胞にも影響を与えるために副作用が現れます。一方、免疫療法とは、患者さん自身の免疫機能を高めることでがん細胞を攻撃する治療になります。最初に承認された抗PD-1抗体薬をご存知の方も多いのではないでしょうか。
近年では、この抗PD-1抗体薬を使用した免疫療法が肺がんでも適応されるケースがあります。肺がん患者さん全体の2〜3割程度の方には、治療効果が見込まれるといわれていますが、具体的にどのような方に効果があるのかまでは明らかになっていません。今後、研究が進み免疫療法の効果が現れやすい方がわかれば、より確実な治療効果が期待できます。将来的には手術との組み合わせも強力な治療法となる可能性があると考えます。
欧米諸国と共に我が国のがん死亡のトップは肺がんです。私はお話しした区域切除術やハイブリッドVATSを次世代へ伝授しています。私たち広島大学病院でも実施しているロボットを用いたダヴィンチ手術など、肺がんの手術は日々進化しています。
今後はさらに、患者さんにとって負担が少なく治療効果が高い手術方法へ進化させていきたいと考えています。
繰り返しになりますが、近年では肺がんの分野でも、治療効果の高い抗がん剤や放射線、免疫療法などが登場しています。早期に発見し治療を受けることで、長期の生存も可能な状況になっているのです。定期的に検診を受け、がんの早期発見・早期治療につなげてほしいと考えています。
広島大学原爆放射線医科学研究所 腫瘍外科 教授、広島大学大学院医歯薬総合研究科 腫瘍外科 教授、広島大学病院 呼吸器外科 教授
広島大学原爆放射線医科学研究所 腫瘍外科 教授、広島大学大学院医歯薬総合研究科 腫瘍外科 教授、広島大学病院 呼吸器外科 教授
日本外科学会 指導医・外科専門医日本胸部外科学会 指導医
ハイブリッドVATSと呼ばれる低侵襲な肺がん内視鏡手術の開発者として、世界的に知られる呼吸器外科医。「患者さんのことを第一に考え医療を行う」ことをモットーとし、患者に優しい肺機能温存縮小手術(区域切除)に積極的に取り組む。また、自身が開発したハイブリッドVATSの次世代への伝承にも尽力している。
TBSテレビ「これが世界のスーパードクター」、NHKテレビ「ドクターG」などのテレビ出演、週刊朝日、週間文春などの雑誌に頻繁に取り上げられている。
岡田 守人 先生の所属医療機関
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