厚生労働省は約8年にわたって控えてきたHPVワクチンの積極的勧奨(自治体が対象者に個別に接種をすすめること)を2022年4月に再開することを決め、自治体に通知しました。日本で滞っている間も世界ではHPVワクチンの接種が進み、その効果や安全性、持続性などについてさまざまなエビデンス(科学的根拠)が積み重ねられています。また、多くの国では女性だけでなく男性も対象に、カバーできるHPVの種類が多い「9価ワクチン*」の定期接種が行われています。第59回日本癌治療学会学術集会(2021年10月)で、岩田 敏先生(国立がん研究センター中央病院 感染症部長/感染制御室長)は国内外の研究結果を引用しながら、HPVワクチンの現状と課題について講演を行いました。講演の概要を報告します。
* HPVには100以上の「型」があり「価数」は対応するウイルスの型の数を表す。9価ワクチンはHPVの9つの型を直接のターゲットとしている。
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HPVワクチンの定期接種が2013年4月にスタートしましたが、接種後の「多様な症状」が報告されたことで、同年6月から積極的勧奨が差し控えられるようになりました。それによるHPVワクチン接種率の減少で本来なら防げるはずの子宮頸がんリスクが大きく上昇してしまうことから、学会や医師会・医会、自治体、議員連盟が積極的勧奨の再開に向けて行動。その間にワクチンの副反応に関する研究調査も進みました。
そして2021年夏、議員連盟から行政府(総理大臣・官房長官・厚生労働大臣)宛てに提出された要望書などがきっかけとなり、同年8月31日に田村 憲久・前厚労大臣が「なるべく早く方向性を出していかなければならないと思っている」と表明したことで、一気に風向きが変わりました。
この発言を受けて、同年10月1日に開催された厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会と薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会で▽ワクチンの安全性・有効性に関するエビデンスの整理▽ワクチン接種後に生じた症状に苦しんでいる方に寄り添った支援策▽ワクチンに関する情報提供――について議論がなされました。
その結果、「積極的勧奨の再開を妨げる要素はない」との部会の結論が出され、積極的接種の勧奨再開に向けて、大きくスタートを切ることとなったのです*。
*本講演後の2021年11月12日に開催された合同会議で「HPVワクチンの定期接種の積極的な勧奨を差し控えている状態を終了させることが妥当である」と結論付けられ、本格的に積極的勧奨が再開されることになった。
ここで、HPVワクチン接種の積極的勧奨の再開に向けた取り組みについても触れておきます。まず、接種後に問題が生じた方に向けた支援についてです。厚労省は、接種後の症状に適切な診療を提供するために、47都道府県に84の協力医療機関を整備しました。また、協力医療機関の医師向けの研修も年に1回程度開催されています。
2つ目は情報提供です。接種対象者が接種するべきか否かを検討・判断するためには、ワクチンの安全性・有効性を正しく知る機会が必要です。厚労省はHPVワクチンに関するリーフレットを2020年10月に改訂し、各自治体を介してリーフレットまたは同様の趣旨の情報提供資材を接種対象者へ個別送付しています。過去2~3年で少しずつ接種数が増加しているのは、この取り組みの結果ともいえるでしょう。2021年3月からは、学校教育で使用される教材にもHPVワクチンの子宮頸がんへの予防効果が記載されるようになりました。
HPVワクチンの安全性は国内外からの多数の報告によって確認されており、接種後の症状とワクチン接種との関連性を示唆する根拠は示されておりません。日本人若年女性を対象とした大規模調査「名古屋スタディ」でも、24症状の発症率はワクチンを接種した方と接種していない方とで差はみられなかったことが報告されています。
それでは、HPVワクチンの有効性はどうでしょう。ワクチン接種がHPV感染や異形成(子宮頸がんの前段階の病変)の予防につながることはすでに報告されてきましたが、最近になって、「子宮頸がん自体の発症リスクを予防できる」という研究結果が海外から発表されています。
10~30歳の女性を対象に行われたスウェーデンの研究では、4価HPVワクチンの接種が子宮頸がんのリスク低減につながることが報告され、さらに興味深いことに、17歳より前にワクチンを接種することでリスクが88%も減少することが分かりました。
もう1つ、デンマークの研究でも20歳より前のHPVワクチン接種で子宮頸がんの予防に高い効果が認められ、特に16歳以下での接種によって86%もリスクを減少できることが報告されています。
現在、日本での定期接種(公費助成あり)は4価ワクチンのみが対象ですが、任意(自費)で9種類のHPVをカバーできる9価HPVワクチンが接種可能になりました。9価ワクチンは、4価ワクチンのHPV6/11/16/18型に加えて31/33/45/52/58型をカバーするもので、このうち「HPV52/58型」は、日本人の子宮頸がんに多いといわれています。そのため、4価ワクチンのHVPカバー率は65.4%であるのに対し、9価ワクチンでは88.2%と大幅に上昇することが推測されています。
9価ワクチンは、子宮頸がんとその前段階の病変だけでなく、外陰上皮内腫瘍や膣上皮内腫瘍、尖圭コンジローマの予防にも有効です。実際、世界規模で行われる国際共同治験では、9価ワクチンにのみ含まれるタイプに関連した、グレード2以上の子宮頸部上皮内腫瘍、上皮内腺がん、外陰上皮内腫瘍、膣上皮内腫瘍の発症率に対し、96.7%の予防効果を示したと報告されています。
また、接種後の副反応は4価ワクチンと比べて大きな差はなく、長期間の持続性も認められています。
日本で積極的接種の勧奨が差し控えられていた8年の間に、世界ではHPVワクチンの接種が進められてきました。女性におけるHPVワクチンの国別推定接種率(2019年時点)によると、日本の接種率がわずか0.3%であるのに対し、ノルウェーやカナダ、イギリスといった国では、90%前後と高い接種率を誇っています。
日本では女子のみを対象に2価/4価ワクチン接種を行っていますが、欧米の先進国では、男女を対象に9価ワクチンの接種が実施されています。HPVは子宮頸がんだけではなく、肛門がん、陰茎がん、中咽頭がんといった男性にも起こるがんの発症原因にもなることから、将来的には日本でも欧米のように男性も含めて9価のHPVワクチン接種を実施していく必要があると考えます。さらに、コストベネフィットの観点からは3回接種から2回接種に減らすことも大切であり、欧米諸国ではすでに2回接種が行われています。
ようやく日本でも、女性に対するHPVワクチンの積極的接種の勧奨が再開されますが、世界の状況をみると、クリアすべき課題はまだ多く残っているといえるでしょう。今後、日本も世界に追随する形でHPVワクチンの接種が進んでいくことが期待されます。
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