がんのなかでも、肺がんは死亡率の高いがんの一つといわれています。しかし、早期の段階で手術を受けることができれば、肺がん患者さんの生存率は大きく向上することがわかっています。このため、肺がんの治療において、早期発見は非常に重要な意味を持つそうです。
筑波大学附属病院の佐藤 幸夫先生は、呼吸器外科医として、肺がんの診療と研究に長く携わっていらっしゃいます。今回は、同病院の佐藤 幸夫先生に、肺がんの早期発見・早期治療に向けた取り組みについてお話しいただきました。
肺がんの動向に関しては、記事1『肺がんの動向-非喫煙者の肺がんが増加している理由とは?』をご覧ください。
肺がんの治療成績は、2017年現在、2000年頃と比較して20%程度改善したといわれています。これは、手術の精度の向上や術前術後の管理の改善に加え、CT検査等の普及とともに肺がんの早期発見が可能になってきたからであると考えられています。
肺がんは発見される病期(ステージ)によって生存率が大きく異なります。たとえば、初期のⅠA期で発見されれば、5年生存率は90%に近いといわれています。しかし、進行がんであるⅢA期まで進んでしまうと、40%程まで低下してしまうことがわかっています。
生存率には、手術が適応されるかどうかが大きく影響します。一般的に、肺がんの患者さんのうち手術適応にならないのは、ステージⅢB期・Ⅳ期の患者さんになります。
ここでは、2011年の茨城県のがん登録のデータを元にお話しさせていただきます。2011年に、茨城県で肺がんとして登録された方は約2,200名ですが、そのうち、手術を受けた患者さんは30%程であることがわかっています。患者さんの60%程度に手術が適応される胃がんや大腸がんと比較すると、肺がんは手術の適応となる患者さんが少ないといえるでしょう。
同年、茨城県で肺がんが原因で亡くなった方は1,500名程です。これは、全体のおよそ70%に該当し、肺がんの手術が適応されなかった患者さんの割合に合致します。つまり、肺がんでは、手術ができるかどうかが生存に大きく関わってくるのです。
手術を可能とするには、がんが進行していない初期の段階で発見することが重要です。
肺がんの検査では、レントゲン検査の精度はそこまで高くなく、小さい影なら見落とされるケースもあります。近年、レントゲン検査よりも精度が高いために期待されているものがCT検査(X線を用いて体の断面を撮影する検査)です。
ここでは、2011年に発表されたアメリカの国立がん研究所(NCI)によるCTによる肺がんスクリーニングに関する研究結果をご紹介します。
この研究では、肺がんのハイリスクグループの方(55歳から74歳までの喫煙者)を対象とし、レントゲン検査とCT検査を受ける方に分類しました。
その結果、CT検査を行った方たちのほうが20%も肺がんの死亡率が減少することがわかったのです。この研究結果からも、CT検査が肺がんの早期発見を可能とし、生存率の向上に寄与することがわかると思います。
茨城県日立市では、1990年代から肺がんのCT検診に取り組んでいます。50歳以上の方であれば、市の補助金により5歳刻みの節目の年に1,000円でCT検査を受けることができるのです。これにより受診者が増加し、同市の50〜70歳の方の約40%が受診されました。また、肺がんの早期発見につながっており、治療成績もよいことがわかっています。さらに、日立市の肺がんの年齢調整死亡率まで減少するという素晴らしい結果がでています。
近年、人間ドッグのオプションとしてCT検査を実施する医療施設も増えてきており、早期発見のためにはCT検査をおすすめしています。肺がんスクリーニング用のCT検査では、放射線量を通常のCT検査よりだいぶ低くしていますが、被曝はゼロではありません。目安としては、3〜5年に一度CT検査を受診すれば無用の被爆を避け、かつ予防につながると考えられています。
2017年現在、当院では肺がん手術の9割は胸腔鏡(胸腔内の治療のために使用される内視鏡)によるものです。全国的にも、7割以上が胸腔鏡手術であるといわれています。従来の開胸手術と比べ、手術による傷が小さく回復が早いことは胸腔鏡による手術の大きなメリットであるでしょう。しかし、それだけではありません。がんの切除という面から考えても、胸腔鏡には大きなメリットがあります。
肺がんの手術は、肺葉(はいよう)の切除とリンパ節郭清(かくせい:がんのリンパ節転移に対する治療として行うリンパ節の切除)が標準的な手術になります。当院で切除したリンパ節の数を開胸手術と比較すると、胸腔鏡を用いた手術のほうが、より多くのリンパ節を切除できていました。
胸の奥深くで操作しなければいけないリンパ節郭清では、胸腔鏡で奥深くまでみることで、リンパ節を取り残すことなく切除できるからと考えています。
このように、胸腔鏡を用いることで、がんの手術としての精度も向上しているのです。
ここでは、私たち筑波大学附属病院の取り組みを例に、肺がん治療のさらなる進歩を目指す取り組みについてお話しします。
私たちの病院では、胸腔鏡を用いた手術のトレーニングを積極的に行っています。胸腔鏡を用いた手術では、画面と手元の操作が連動する必要があります。そのトレーニングとして、器具を用いたシミュレーションに加えて、豚を用いた手術トレーニングを年に2回行っています。
また、胸腔鏡手術の課題の一つに出血によるトラブルがあります。もしも予期せぬ出血が起きたとしても、開胸手術であれば手を入れて止血することが可能でしょう。しかし、胸腔鏡手術では小さな穴しか開いていません。このような状況で出血をしたときの対処法もトレーニングしています。
また、当院では、3D画像で手術のシミュレーションを行っています。肺の血管や気管支は立体的に絡んでいます。このため、手術前に3D画像を確認してから手術をするようにしています。
近年、当院の呼吸器外科が取り組んでいる共同研究の一つに、肺がんの手術に使用する接着剤の開発があります。現状では、接着剤には血液製剤を使用していますが、接着力がそこまで強くないために、空気がもれたり血がにじんだりしてしまうことがあります。そのため、私たちの研究では、より接着力のある薬剤の開発に取り組んでいます。
肺がんの治療では、さらなる進歩を目指し、現在も研究が続けられています。お話ししたように、早期発見によって手術を受けることができれば、生存率も大きく向上することがわかっています。肺がんの早期発見のために、定期的にCT検査を受けることをおすすめしたいと思います。
筑波大学医学医療系 呼吸器外科学 教授
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