ベルランド総合病院病院長 片岡亨先生
心臓弁膜症は、加齢に伴い誰にでも起こり得る病気だ。しかし、その進行は非常に緩やかであるため、初期段階では「年のせい」と見過ごされてしまうことが少なくない。そのまま放置すれば心不全や脳梗塞(のうこうそく)といった命に関わる事態を招く恐れもある。
循環器医療の現場で多くの患者さんと向き合うベルランド総合病院(堺市中区)の病院長、片岡 亨(かたおか とおる)先生に、心臓弁膜症のサインの見極め方から進歩を続ける治療の選択肢、そして回復を支えるリハビリテーションの重要性まで詳しくお話を伺った。
私たちの心臓は全身に血液を送り出すポンプの役割を担っていますが、その中で血液が逆流しないように「扉」の役割を果たしているのが弁です。心臓には4つの弁があり、それぞれが電気信号によって制御されながら、必要なときに開き、不要なときにはきちんと閉まることで、正しい血液の流れを保っています。
この弁が何らかの理由で硬くなって開きにくくなる「狭窄(きょうさく)」や、逆に閉じきらずに血液が漏れてしまう「閉鎖不全」が起こる状態が、心臓弁膜症です。4つの弁のうち、特に心臓弁膜症になりやすいのが大動脈弁と僧帽弁で、大動脈弁狭窄症、大動脈弁閉鎖不全症、僧帽弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症が有名です。
特に高齢化とともに増えているのが大動脈弁狭窄症です。75歳以上の方の10数パーセントがこの病気を抱えていると考えられており、日本全体で手術が必要とされる患者さんは50万人以上いらっしゃるとされています。ただ、実際に手術を受けておられる方は年間2~3万人ほどにとどまっていて、病気にまだ気付いていない方も多いのではないかと感じています。
心臓の病気というと、ある日突然激しい胸の痛みで動けなくなる、といった劇的な始まり方を想像される方もいらっしゃるでしょう。しかし心臓弁膜症の場合、そのような始まり方を経験する方はそれほど多くありません。どちらかというとゆっくり進行するのが特徴で、たとえば日常生活の中の「ちょっと歩くのが遅くなったかな」「最近なんだか疲れやすいな」といった、ささいな変化であることが多々あります。
こういった小さな変化に対し、特にご高齢の方の場合、「年歳のせいかな」と思ってしまうことが多いのですが、その中に心臓弁膜症が隠れていることも少なくありません。
そして心臓弁膜症が進行すると、少し動いただけで息が切れるようになったり、動悸を感じて動きにくくなったりしてきます。さらに状態が進むと、足のむくみや、夜寝ているときに息苦しくて目が覚めるといった、心不全の症状につながっていきます。
こうした変化に気付いたときには、ぜひかかりつけの先生にご相談ください。医師が聴診器で心臓の音を聴き、雑音が混じっていないかを確認することで、心臓弁膜症を見つけられる可能性は非常に高くなります。
また、健康診断で心臓が大きいと言われたり、血液検査でBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)やNT-proBNP(ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント)の値が高いと指摘されたりした場合も注意が必要です。そういったときは、一度心臓エコー検査を受けていただくことをおすすめします。
心臓弁膜症は、進行するとさまざまな合併症が出てきます。中でも重大なものが心不全です。心不全は、心臓が血液をうまく送り出せなくなることで水分が体にたまり、息切れやむくみが出てきて、徐々に悪化し命を縮める病気です。
また、不整脈の1つである心房細動(心房が無秩序に電気活動をしてけいれんしている状態)を合併することもあります。この場合、心房内で血液の流れがよどむことで血の塊ができ、それが血流に乗って脳に運ばれると脳梗塞につながるリスクも高まります。
さらに、心臓弁膜症がある方は、肺高血圧症といって肺動脈の血圧が上がる状態になることもあります。心臓の問題にとどまらず、全身に影響が及ぶのが心臓弁膜症の特徴といえるでしょう。
心臓弁膜症の疑いがある場合、聴診と心臓エコー検査を行います。心臓エコーは超音波の検査ですので体への負担もなく、30分ほどで弁の状態や逆流の程度を確認できます。
検査の結果心臓弁膜症が見つかった場合でも、軽度から中等度であればすぐに手術が必要になるわけではなく、定期的に外来で経過を見ていくことになります。
その場合、一般的には年に1回程度エコー検査を行い、進行していないかを確認していきます。このフォローを続けることで、治療が必要なタイミングを逃さずに判断することができるのです。
治療については、重症になった段階で弁を治すための介入を考えます。
外科手術では、人工弁に取り替える弁置換術や、自分の弁を温存・修復する弁形成術があります。特に僧帽弁の閉鎖不全症では弁を残せる場合もあり、その後の生活への影響を抑えられることがあります。一方で、人工弁に取り替える場合は、血液をサラサラにするお薬を継続して飲み続ける必要があり、生活上の制約も出てきます。
また、最近は手術方法も変わってきており、なるべく低侵襲(ていしんしゅう)(体への負担が少ない)で行う手術やロボット支援手術なども広がってきました。
さらに、血管にカテーテルを通して行う治療も増えています。大動脈弁狭窄症に対するTAVI(タビ)は、体への負担を抑えながら治療できる方法として、高齢の方にも選ばれることが多くなってきています。
また、僧帽弁に対してはマイトラクリップという治療もあります。これは血管からカテーテルを挿入して弁をクリップで留めて血液の逆流を抑える方法で、やはり手術が難しい方にとっての選択肢になります。
こうした治療によってご高齢の方でも回復につながり、そこから元気に日常生活へ戻れるケースは少なくありません。
心臓弁膜症の治療において、手術と同じように重要になるのが、心臓リハビリテーションです。心臓の病気なのに、心臓をリハビリテーションで鍛えるのはよくないのではないかと思われがちですが、実はそうとも限りません。
動かないことで筋力が落ちると、少しの動きでも心拍数が上がりやすくなり、結果として心臓への負担が増えてしまいます。リハビリテーションではその方に合った安全な運動強度を設定し、無理のない範囲で体を動かしていきます。こうして筋力を維持することで、日常生活を楽にし、心臓への負担を軽くするのがリハビリテーションの役割です。
また、リハビリテーションは単に体を動かすだけでなく、生活のことを相談できる場でもあります。お薬の飲み方や体調管理についても専門スタッフと相談ができるため、再発予防にも大きな効果があります。
心臓弁膜症はゆっくり進む病気ですが、重症の状態を治療せずに放置した場合、そのリスクは決して小さくありません。
歩くのが遅くなった、疲れやすくなったといった違和感に気付いたときや、健康診断で受診をすすめられたときは、そのタイミングで前向きに検討していただくことが大切です。状態が悪くなってからの治療では、体への負担が大きくなったり、回復にも時間がかかったりしてしまう可能性があります。
繰り返しとなりますが、少しでも「おかしいな」と感じたら歳のせいと決めつけず、一度医療機関へ相談していただきたいと思います。その一歩が、これからの健やかな生活を守ることにつながるはずです。
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