高橋病院 院長 髙橋玲比古先生
年間約7万人が発症して入院するとされる心筋梗塞。その治療は「時間との戦い」であり、病院到着から治療開始までの時間(ドア・ツー・バルーン・タイム)が短いほど、死亡率が下がることはデータで示されている。
しかし、実はそれ以前の「発症から病院到着まで」の時間にこそ大きな課題がある、と高橋病院(神戸市須磨区)の院長である髙橋 玲比古 先生はいう。
その課題と解決方法を始め、心筋梗塞はなぜ起こるのか、どのような治療法があるのか、今日からできる予防法などについて、髙橋先生に詳しく伺った。
皆さんがよく耳にする心筋梗塞や狭心症といった病気は、専門的には「虚血性心疾患」に含まれます。この病気の原因は、心臓の表面にある冠状動脈という血管の動脈硬化です。
動脈硬化が進んで血管が細くなると、運動時などに心臓の筋肉(心筋)が酸素不足になり、胸痛が起こります。これが狭心症です。さらに病状が進んで血栓(血の塊)などで血管が完全に詰まってしまうと、心筋の細胞が壊死を起こしてしまいます。これが心筋梗塞です。
動脈硬化の引き金となるのは、皆さんもご存知のとおり、喫煙、高血圧、糖尿病、コレステロール値が高い脂質異常症といった生活習慣病です。最近ではメタボリックシンドロームや、ストレス、睡眠不足なども動脈硬化の原因として知られています。
日本では心筋梗塞で入院される方が年間7万人ほどいらっしゃいます。男女比で見ると男性が圧倒的に多く、おおむね男性が女性の2.5倍くらいです。男性は50歳代から増え始めますが、女性の場合は女性ホルモンが血管を保護する役割があるため、発症が少し遅れます。ただし、閉経後は急速に増加していくことが分かっています。
心筋梗塞は、時として突然死に直結します。当院には年間で約150人の心肺停止の患者さんが搬送されてきますが、そのうちの約2割は心筋梗塞が原因でした(2024年)。
ただ、国際的に見ると、日本は心筋梗塞による死亡率が非常に低い国です。これは、カテーテル治療(PCI)の体制が全国で整備されていることに加え、日本人の発症率自体が少ないことも背景にあると考えられています。
心筋梗塞の治療は、まさに時間との戦いです。私たちは特に2つの「時間」を重視しています。
1つは、患者さんが病院に到着してから、カテーテル治療で詰まった血管が再開通するまでの時間、いわゆる「ドア・ツー・バルーン・タイム」です。日本のガイドラインでは90分以内が推奨されています。
この時間が短いほど死亡率が下がっていくことが明らかになっており、当院で10年間のデータを集計したところ、同じようにこの時間が短いほど死亡率がリニア(直線的)に下がっていく、という非常に明確な結果が出ました。
この時間を短縮するのは、医師だけの力では不可能です。医師がどんなに急いで治療に入ろうと思っていても、治療前の準備が終わっていなければ治療は開始できません。いかに迅速に準備を整えられるか、これは日頃からのコメディカルスタッフ全員の協力と訓練の賜物です。
地域のクリニックより「心電図から心筋梗塞の兆候がみられる」と紹介の連絡をもらった場合は、患者さんの到着前からカテーテルを準備して待機しますから、到着後のスピードは格段に上がります。地域の医療機関との連携も、この時間短縮を支える重要な要素なのです。
なお、現在は当院ではドア・ツー・バルーン・タイムを29.3分にまで短縮しています(2025年実績)。
そして、私たちが今、それ以上に重要だと考えているのが、もう1つの時間。患者さんが発症してから病院に着くまでの時間、すなわち「オンセット・ツー・ドア・タイム」です。
以前、当院の看護師が中心となってデータを調査したのですが、衝撃的な結果が出ました。同居家族がいる方が胸痛を感じてから病院に着くまでの時間は平均106分でしたが、一人暮らしの方は平均190分、つまり3時間以上もかかっていたのです。
いくら私たちが病院で待機し、ドア・ツー・バルーン・タイムを90分から40分に短縮する努力をしても、患者さんが受診をためらって我慢してしまえば治療成績は改善しないでしょう。とにかく「様子を見よう」と迷わず、すぐに救急車を呼んでいただくことが大切です。
治療について、もう少し具体的にお話ししましょう。
まず、急性心筋梗塞で搬送された患者さんには薬物療法を行います。心筋梗塞は血管の中に急激に血栓ができる病気ですから、血液をサラサラにする抗血小板薬や抗凝固薬を使って、血栓がそれ以上できないようにします。
並行してカテーテル治療の準備を進めます。カテーテル検査・治療というと、以前は足の付け根や肘から管を入れていましたが、最近はガイドラインでも推奨されているとおり、手首の動脈(橈骨動脈)からアプローチするのが主流です。このほうが出血性の合併症が少ないのが大きな利点です。
さらに最近では、「遠位橈骨動脈アプローチ」といって、親指の付け根あたり、手の甲に近い側から管を入れる方法も増えています。こちらのほうがさらに出血が少なく、治療後に手首の動脈が詰まってしまう「橈骨動脈閉塞」の確率も低いと報告されています。
カテーテルによる治療は、風船(バルーン)で血管を広げ、ステントという金属の網状の筒を入れて血管を支える、というものです。
しかし、近年は高齢の方や透析をされている患者さんが増え、単純な風船治療では対応できないケースが増えています。特に、血管が「石」のように硬くなってしまう「高度石灰化」を伴う症例が問題です。
こうした硬い血管は、普通の風船ではまったく広がりません。そこで最近普及しているのが、「ショックウェーブ」という衝撃波を出す特殊なバルーンです。これによって硬い石灰化にヒビを入れてから血管を広げることができるようになり、難しかった複雑な病変に対しても治療を行えるようになってきました。
ここまで治療の話をしてきましたが、虚血性心疾患で何より大事なのは予防です。
原因は生活習慣病ですから、まずはその管理が基本となります。
運動に関しては、厚生労働省などは1日8,000歩以上、60分以上の歩行を推奨しています。最近は皆さんスマホを持っていますから、外来で「何歩歩いてますか?」と聞くとすぐに教えてくれます。5,000歩くらいの方には、「まず8,000歩を目指しましょう」とお話ししています。
食事は、野菜や魚を多く取り、塩分を控えること。オリーブオイルのような不飽和脂肪酸の多い油を使った、いわゆる「地中海食」もよいとされています。
アルコールについては、最近、知見が大きく変わってきました。昔は「Jカーブ」と言って、「少量の飲酒はむしろ心臓によい」といわれていた時代もありました。しかし、今はWHOが出した「安全な飲酒量はない」、つまり少量でも体に悪いという見解が主流です。ゼロにするのは難しくても、そのリスクを認識していただくことが大切です。
そして、年に1回は健康診断などで、血圧、悪玉コレステロール(LDL)、血糖値といった「数値」を必ず確認してください。
また、一度心筋梗塞を起こされた方の「二次予防(再発予防)」は、さらに重要です。再発予防の基準は年々厳しくなっており、特にLDLコレステロールの値は厳格に下げる必要があります。そのため、飲み薬だけでなく、「エボロクマブ製剤」などに代表されるLDLコレステロールの値を下げる注射薬を使うことも増えています。
今、日本では高齢化に伴い、心筋梗塞に限らず「心不全」(心臓のはたらきが低下し、息切れやむくみが起こるなどして生命を縮める病気のこと)の患者さんが2040年に向けて増えていくと予測されています。
これからの医療では、いかに患者さんの再入院を防ぐか、という点がますます重要になってきます。
皆さんに最後にお伝えしたいのは、「症状が出たら早めに受診していただきたい」ということです。特に「労作時(歩いたり、階段を上ったりしたとき)の胸痛」は、狭心症のサインかもしれません。
そして万が一、強い胸の痛みが続く場合は、絶対に我慢しないでください。すぐに救急車を呼ぶことが、ご自身の命を守る最善の行動です。
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