「緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処を行うことによって、苦しみを予防し、和らげることで、QOLを改善するアプローチである」―世界保健機関(WHO)では、2002年に緩和ケアをこのように定義しています。緩和ケアに対する取り組みは、現在どのように変わりつつあるのでしょうか。国際医療福祉大学三田病院呼吸器外科部長であり、医療相談・緩和ケアセンター長を務める林 和(はやし・あえる)准教授にお話をうかがいました。
患者さんの苦痛にはいろいろなものがありますが、緩和ケアが対象としているのは「全人的苦痛」と呼ばれるものです。身体的な苦痛だけではなく、精神的な苦痛、あるいは経済的なことや仕事の問題などの社会的苦痛、さらにはスピリチュアルなものも含めて全人的苦痛ととらえていますので、これらをすべて含めて緩和で対応していく必要があります。
われわれの場合は、医師から指示をして緩和ケアのチームにも治療に入ってもらうことにしています。介入のタイミングとして、進行がんと診断された方は早い段階で緩和ケアが入ったほうがよいと考えています。WHO(世界保健機関)の緩和ケアの定義の中でも、早期からの緩和ケアということが含まれています。また、平成18年のがん対策基本法に基づいて政府が策定した「がん対策推進基本計画」の中でも、早期からの緩和ケアが盛り込まれていますので、進行がんであれば早い段階からの緩和ケアをおすすめしています。
癌種、つまり胃がんや肺がんなどのがんの種類によって5年生存率は大きく異なります。肺がんは5年生存率が低いのですが、たとえば胃がん、大腸がんなどでは6割の方が5年後も生きていらっしゃいます。たとえば早期のがんで内視鏡で切除できた場合や、治療が終わって定期的に経過観察をしているような状況で緩和ケアが必要かというと、必ずしも必要性は高くないかもしれません。
一方で、肺がんや膵がんの方では5年生存率が20%ほどですから、非常に難治であるといえます。たとえば肺がんでも、比較的早期に発見できれば手術をして終わりなのですが、II期の肺がんであれば手術の後に抗がん剤治療が必要ですし、生存率から見ると発見されたときに手術できる人が約3分の1しかいません。残り3分の2の方は手術ができないとなると、なかなか根治が目指せないという現実があり、そういった方には早い時期に緩和ケアが求められるということになります。
がんにかかっている患者さんの数では、肺がんより胃がんのほうが多いのですが、がんで亡くなっている方の数は肺がんが一番多いのです。つまり、それだけ治らないがんだということです。たとえば、胃がんが治って肺がんになって亡くなるという方はいらっしゃいます。そういった意味でも肺がん、膵がん、そして肝臓系のがんは予後が厳しく、緩和ケアが求められることが比較的多くなります。
冒頭でも述べたようにWHOの定義では、病気などで生命を脅かされる状況にある方が緩和ケアの対象になります。ですから、正確にはがんの患者さんだけが対象ではありません。たとえば、心不全やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などで呼吸器系の症状がだんだん悪くなっていくような方も緩和が必要であると考えます。
また、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の方も人工呼吸器が必要になって最後には亡くなるわけですから、WHOではこのような疾患も緩和ケアの対象であるととらえています。現在、日本ではがんがメインであることは確かですが、今後はこのような疾患を患う患者さんも対象になっていくのではないかと考えています。私は今後、緩和ケアというものはすべての医師が知らなくてはいけないもの、知っておくべきことになると確信しています。
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