狭心症は、押しつぶされるような胸の痛みを主症状とする冠動脈疾患の一種です。症状の起こるタイミングは病気の重症度や種類によって異なりますが、重いものを持ち上げたり、体を大きく動かしたりした際に胸痛発作が起こりやすいとされています。しかし、重症化すると安静時にも胸痛が起こる場合や、首や肩、歯など一見無関係に思える場所が痛んでくる場合もあるといいます。
本記事では、狭心症の症状の現れ方について解説します。
狭心症は、労作性狭心症や不安定狭心症、冠攣縮性狭心症、微小血管狭心症など、発作の起こる頻度やメカニズムによって大きく4種類に分類されます。狭心症の共通症状は「胸の痛み」ですが、それぞれの狭心症の症状の特徴は少しずつ異なります。
労作性狭心症は、重いものを持ち上げる、除雪作業、散歩など、体を大きく動かしたときに胸の締め付けや圧迫感などの症状(発作)が起こる状態を指します。症状の持続時間は通常数分程度で、自然に治まることが多いです。
労作性狭心症のうち、症状の安定しているものを安定性狭心症、痛みの症状が出ないものを無症候性心筋虚血と呼びます。安定性狭心症の場合、発作出現時の運動負荷量や症状の程度、発作の頻度が一定範囲内に収まっていることが特徴です。無症候性心筋虚血は糖尿病神経障害や高齢者など、痛みの信号がうまく神経に伝わらない方に多く、症状が出ないまま水面下で病気が進行してしまいます(詳細は後述)。
労作性狭心症の患者さんの中には、安静にしていれば治まるのだから大丈夫だろうと思い、病院を受診しない方もいらっしゃいます。しかし、これは危険です。病気は徐々に進行しており、治療を行わなければ次にご説明する不安定狭心症や心筋梗塞に進行する恐れがあります。
不安定狭心症とは、労作性狭心症の症状に加えて、軽労作時や安静時にも胸痛などの症状が出るようになった状態です。労作性狭心症よりも心臓の状態が悪く、30分以上にわたり痛みが続くこともあります。日を重ねるごとに症状の出る頻度・持続時間が増悪して、発作を繰り返す間に心筋が壊死してしまう恐れもあります。不安定狭心症や心筋梗塞は命にかかわる病気ですので、症状が重くない段階から治療を行うことが大事です。
冠攣縮性狭心症は、日本では50代以降の男性に多い狭心症で、睡眠中から早朝にかけて胸痛や圧迫感といった症状が現れます。この症状の発現には、自律神経との関係が明らかにされています。睡眠中、人の体は自律神経の影響を受けて筋肉が収縮し、血管が細くなっています。この結果、冠動脈が一時的に狭窄し、狭心症特有の胸の痛みや締め付け感を覚えます。
微小血管狭心症は、冠動脈に狭窄やけいれんなどの異常がない方に起こる狭心症で、労作性狭心症とは発生機序が異なります。微小血管狭心症の症状は呼吸困難や吐き気、背部痛、動悸など多岐にわたり、不定愁訴ととらえられることも珍しくありません。こうした症状の持続時間も労作性狭心症のように数分ではなく、ときには数時間にわたり症状が出る場合もあります。また、更年期前後の女性に多くみられることが特徴です。
これらの狭心症のうち今回の連載記事では、動脈硬化が主な原因となる労作性狭心症および不安定狭心症の症状・検査・治療について詳しくご紹介していきます。
ここまで、狭心症の症状は胸の痛みが中心であることをご説明してきましたが、胸痛があるだけで狭心症と判断することはできません。症状の起こる状況(労作時に痛むか)や再現性(同じ状況で繰り返し起こるか)を合わせて確認する必要があります。
たとえば、下記のような場合は狭心症の可能性は低いと判断することがあります。
狭心症は、一般的に「胸が押しつぶされるような痛み」と表現されます。そのため、胸がチクチクするような痛みの場合は狭心症ではなく、不整脈や胆嚢炎、胸やけなど別の病気である可能性が高くなります。医師はこれらの病気と狭心症を鑑別するため、食事のタイミングで起こったか、労作時には痛みを感じたかなどを詳細に伺いますが、それでも診断がつかず、原因不明と診断される場合もあります。
胸だけではなく心窩部(みぞおち)、あご、歯、左肩、左腕、左手などに痛みが生じていると感じる場合もあります。狭心症に伴う胸部以外の痛みを放散痛(関連痛)といいます。
なぜ狭心症によって、病変のない歯や左肩に痛みを覚えるのかというと、ヒトの痛覚神経が脳から左肩を経由して心臓に届いていることが関係します。心臓で起こった痛みを伝える神経領域と同じ範囲に肩やあごがあるので、脳は心臓以外の部分が痛みを発しているのだと誤って認識してしまいます。
放散痛の起こる頻度は多くはないものの、特異度が高いため、狭心症の診断における重要な症状です。放散痛に加えて胸の痛みを伴う場合は重症度が高いと判断します。
放散痛のみの場合は胸に痛みが生じないので、そうした症状が狭心症によるものとは思わず胃潰瘍や肩こりと勘違いしてしまう狭心症の患者さんもおられます。この場合、医師が問診でしっかりと放散痛の有無を確認しなければ病気が見逃される可能性もあります。ですから、患者さんには、心臓とは無関係に思われる痛みであっても、自覚症状は一通り主治医にお話しいただきたいと考えています。
先に触れた通り、狭心症の一般的な症状は胸の痛みですが、無症候性心筋虚血という、痛みの症状が出ないタイプの狭心症も存在します。無症候性心筋虚血は高齢者や糖尿病神経障害を合併している方に多く、痛覚神経が障害されているために痛みを自覚しにくくなっていますが、虚血状態は進行していくため、治療が必要です。
急性心筋梗塞は狭心症の延長線上にある病気です。狭心症の症状を薬で抑えるだけでは根本的な解決に至っておらず、放置しておくと心筋梗塞を起こす可能性もゼロではありません。
狭心症は、血管が狭窄してはいるもののかろうじて血流が心臓に通っている状態です。一方、心筋梗塞は冠動脈が完全に閉塞した状態です。心筋梗塞では非常に強い胸痛が30分以上続くほか、吐き気や冷や汗、呼吸困難を伴う場合もあります。心筋梗塞の発症から6時間以上治療を行わないと心臓が壊死を始めるため、冷や汗や嘔吐、強い不安感に伴って胸が押しつぶされるような強い痛みを感じた場合はすぐに救急車を呼んでください。急性心筋梗塞の治療は時間との勝負で、早く治療するほど助かる可能性が高いです。
安定性狭心症と不安定狭心症ではそれぞれの治療方針が異なります。安定性狭心症で、年単位で症状に変化や増悪がみられない場合、緊急性はそれほど高くありませんが、不安定狭心症は急性心筋梗塞に移行するリスクが高く、早急な対応が必要です。このため、症状の起こる頻度や条件、先に触れた放散痛や冷や汗など特異度の高い症状の有無を問診でしっかりと確認することが大事になります。
労作性狭心症または不安定狭心症による胸痛の症状が起こった場合は、高所や道路を避け安全な場所に移動した後、一時的な対処として舌下錠タイプのニトログリセリンを服用して発作を寛解させます(点滴や注射タイプのニトログリセリンもあります)。ただし、ニトログリセリンは血圧を下げる作用を持ち、服用後に立ちくらみやめまいを起こす恐れがあります。転倒や事故を防ぐため、屋根の上での除雪作業中など高いところにいる場合は低地に移動してから、車の運転中に発作が起こった場合はいったん車を停車させてから薬を服用してください。
なおニトログリセリンはあくまで発作を寛解するための対処法であり、ニトログリセリンで狭心症を根治させることはできません。通常は服用後数分間で効果が現れますが、発作が20分以上持続する場合や1回の発作で3錠服用しても症状が治まらない場合は直ちに主治医に連絡してください。
一般の方にぜひ覚えておいていただきたいのは、狭心症の発作は病気の発症後すぐに現れるものではないということです。動脈硬化から冠動脈狭窄が生じたら、まずは心臓の拡張機能の低下や心電図の異常といった変化がみられ、虚血発作はこうした変化を経てから起こります。
つまり、胸の痛みは狭心症の症状の一部にすぎず、狭心症による発作が出ている時点で病気は進行していることになります。ですから生活習慣病の方や喫煙者など、狭心症のリスクが高い方は、症状が現れない時点から積極的に検査でご自身の体の状態を調べておくことが大事です。
胸痛などの症状が生じ、心電図やCTの結果狭心症が強く疑われる場合は、心臓カテーテル検査で冠動脈の虚血状態を細かく調べていきます。
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