乳がんとは、主に乳管の壁にある乳管上皮細胞から発生する悪性の腫瘍です。日本での乳がん患者数は年々増加傾向にあり、現在(2017年時点)では、日本人の女性の約12人に1人は乳がんを発症すると推定されています。乳がんの症状としては、しこりや乳頭分泌などが挙げられますが、患者さんによっては無症状の場合もあります。また、どのステージ(病期)で治療を開始したかが、その後の生存率に深く関係してきます。
今回は、北海道大学乳腺外科教授の山下啓子先生に、乳がんのタイプやステージ、症状についてお話をうかがいました。
日本人の乳がん患者さんは、年々増加しています。1980年から2000年の20年間で、乳がんの患者さんは約3倍に増えました。乳がんの発症年齢のピークは40代後半と60代前半となっており、2017年現在では、日本人女性の約12人に1人が乳がんにかかるといわれています。乳がんは厚生労働省が定めた5大がんのなかにも入っています。
乳がんには大きく4つのタイプ(性質)が存在します。まず、女性ホルモンの影響を受けるタイプである(1)ホルモン受容体陽性乳がんと、受けないタイプである(2)ホルモン受容体陰性の乳がんがあります。この2種類のタイプをさらにHER2というタンパクがある(3)HER2陽性乳がんと、HER2のない(4)HER2陰性乳がんに分けます。女性ホルモンの影響も受けず、HER2もない場合が(5)トリプルネガティブとなります。記事冒頭にて日本人の乳がん患者さんの数は増加傾向にあると説明しましたが、なかでもホルモン受容体陽性HER2陰性のタイプの患者数が増えており、現在、乳がんの8割がこのタイプです。
ホルモン受容体陽性HER2陰性の乳がん患者さんが増えている原因は、現在研究段階です。しかし、これまでホルモン受容体陽性HER2陰性の乳がんは授乳歴のない方の発症率が高いという研究報告があり、日本人女性の出産率の低下により、授乳経験のない方が増えたことが、このタイプの乳がんの増加に関係している可能性があります。
母親・父親のどちらかに乳がんに関係するある特定の遺伝子に異変があった場合、子どもが乳がんを発症する可能性が高くなります。遺伝性乳がんの割合は乳がん患者さん全体の5~10%ほどです。遺伝性乳がんの特徴としては、若年で乳がんを発症することや、両方の乳房にがんが発生する両側乳がん、卵巣がんの併発などがあります。また、家族内でさまざまな種類のがんを発症している方が多いというケースもあります。しかし、このような特徴にあてはまらない場合でも、遺伝性の乳がんを発症することもあります。
遺伝性乳がんの主な原因遺伝子の種類は特定されているため、検査を受ければ遺伝性の乳がんであるかどうかを知ることが可能です。
乳がんは進行度合いにより、大きく病期0・Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳに分類されています。病期0は非浸潤がん、病期Ⅰ・Ⅱ・Ⅲまでは、がん細胞が遠隔転移をしていない状態で、病期Ⅳはがん細胞が遠隔転移を起こし、骨や内臓にがん細胞がたどり着いている状態です。
多くの乳がんは、乳管の壁にある乳管上皮細胞から発生します。発生したがん細胞が乳管の内部だけにとどまっている状態(非浸潤がん)が、病期0とされます。しかし、がん細胞が乳管の外側にも広がる(浸潤がん)と、周囲にある血管の流れに乗って、骨や脳、肺、肝臓といった体全体にがん細胞が飛んでしまいます。そして、転移を形成していきます。たとえ病期Ⅰ・Ⅱ・Ⅲと診断された患者さんであっても、検査では検出できないほどの微小転移が発生している可能性があります(微小転移についての詳しい説明は記事2『乳がんの治療法とは 治癒のためには腫瘍切除と微小転移根絶が必要』をご参照ください)
乳がんの生存率は、診断された段階での進行具合により、大きく変化します。病期Ⅰの段階で乳がんと診断され、治療を行った方の12年後生存率はほぼ100%になっています。しかし、遠隔転移のある病期Ⅳで治療を始めた方の生存率は年月がたつにつれて次第に0%に近付いていきます。治療後の生存率を高めるためには、早い段階での診断と治療が重要なのです。
乳がんの主な症状としては以下のものが挙げられます。
乳房のかたちは患者さんによって異なりますが、しこりのかたちもみな異なります。また、進行に伴い、誰が触っても確実にわかるような大きなしこりができることもあれば、あまり目立たずわかりづらい大きさのしこりであっても、乳房のなかで大きく広がっている場合もあります。また、しこりや違和感などもない無症状という場合もあります。
乳房に異変やしこりを感じた場合はまず、その症状が以前からあるものなのか、今初めて気がついたものなのかを考えてください。そして、以前からある場合は、治まってきているのか、ひどくなってきているのかを判断してください。乳がんは進行する疾患です。そのため、以前から症状があり、今もそれほど大きな変化がない場合は、異常なし、あるいは乳房の良性疾患(乳腺症・線維乳腺・乳腺炎など)である確率が高く、過剰に心配する必要はありません。
また、以前からあった症状がひどくなっている場合は乳がんである可能性があります。しかし、よほど進行した状態でなければ急激に進行し、死に至るということはありません。心配で不安だと思いますが、決して慌てることなく医療機関で検査を受けてください。
記事2『乳がんの治療法とは 治癒のためには腫瘍切除と微小転移根絶が必要』では、乳がんの検査や治療法、乳がん予防の最新研究について詳しく解説します。
北海道大学病院 乳腺外科 教授
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