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大腸がん治療の最新トピックス~日本内視鏡外科学会名誉理事長 渡邊昌彦先生に聞く進行直腸がんに対する手術治療の発展~

大腸がん治療の最新トピックス~日本内視鏡外科学会名誉理事長 渡邊昌彦先生に聞く進行直腸がんに対する手術治療の発展~
渡邊 昌彦 先生

北里大学 名誉教授、慶應義塾大学 客員教授、東邦大学 客員教授、東海大学 客員教授

渡邊 昌彦 先生

目次
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大腸がんとは、消化管の1つである“大腸”に生じるがんです。大腸がんは結腸がん、直腸がんに大別されますが、特に日本人は結腸の一部である“S状結腸”や“直腸”に生じやすいといわれています。

大腸がんは比較的進行が遅いがんで、治療では内視鏡治療や手術治療、薬物治療、放射線治療が行われることが一般的です。

今回は大腸がん治療に関する最新トピックス(2024年2月時点)について、日本内視鏡外科学会名誉理事長/北里大学北里研究所病院 院長の渡邊 昌彦(わたなべ まさひこ)先生にお話を伺いました。

大腸がんとは、口から入った食べ物が最後に通る“大腸”と呼ばれる臓器にできるがんです。

大腸は結腸と直腸に分けることができ、がんもできる部位によって“結腸がん”と“直腸がん”に分けられます。日本では年間15万人以上の方が大腸がんと診断され、男女比は男性にやや多いことが知られています。

また2021年のデータによれば、全がんのうち大腸がんで亡くなった方の数は肺がんに次ぐ第2位で、女性においてはもっとも死亡数の多いがんといわれています。

初期症状はなく進行しても気が付かない可能性がある

大腸がんは早期にはほとんど症状がありません。しかし、進行するとがんによって腸管が狭窄(きょうさく)して便秘と下痢を繰り返したり、出血しやすくなるために下血が生じたりすることがあります。

ただし、がんのできる位置によっては進行しても症状が分かりにくいこともあります。さらに進行すると、体重の減少、貧血、腸閉塞(へいそく)が生じることもあります。

大腸がんの治療方法には“内視鏡治療”、“手術治療”、“薬物治療”、“放射線治療”があり、がんの進行度や患者さんの全身状態からこれらを組み合わせた治療方針が検討されます。大まかにいうと、初期のがんでは内視鏡治療、進行していても切除可能ながんは手術治療、切除が難しい進行がんでは薬物治療や放射線治療が行われ、切除可能になれば切除するのが原則です。

手術治療はそのアプローチ方法によってさらに細分化されます。以下では、結腸がん・直腸がんのそれぞれの手術治療についてご説明します。

結腸がんの手術治療

結腸がんの手術治療では“開腹手術”と“腹腔鏡下手術(ふくくうきょうかしゅじゅつ)”という2つのアプローチ方法が取られます。開腹手術とはお腹を切って行う方法を指し、腹腔鏡下手術とはお腹に穴を開け、専用の医療器具やカメラを使用して行う方法を指します。また、ロボットを用いた腹腔鏡下手術は2022年4月より保険収載されました。

結腸がんの場合、現在は腹腔鏡下手術が第一選択となっています。腹腔鏡下手術は傷が小さく済むため、患者さんの体にかかる負担が小さく回復が早いというメリットがあるほか、腹腔鏡を使ってお腹の中の状態を拡大しながら観察できるため、細かい血管やリンパ管、神経などが見やすく、合併症や後遺症の少ない手術を目指すことができます。

直腸がんの手術治療

直腸がんの手術治療では“開腹手術”、“腹腔鏡下手術”のほか、2018年に保険収載された“ロボット支援下腹腔鏡下手術(ロボット手術)”が加わり、これら3つのアプローチ方法から適したものが選択されます。

ロボット支援下手術とは、腹腔鏡下に手術用ロボットを用いた手術です。手術方法は腹腔鏡下手術と変わりありませんが、多関節の医療器具であるロボットは、手ブレ補正などの機能が備わっているため、より繊細な手術が可能です。

肛門(こうもん)に近いところにある直腸がんの手術では、排尿機能や男性の性機能などをつかさどる神経が傷つく可能性もあります。そこで、繊細な手技が可能なロボット支援下腹腔鏡下手術が主流となりました。

大腸がん治療の中でも、近年特に発展が見られるのは直腸がんの手術治療です。直腸は骨盤の奥にある臓器で、周囲に生活の質に関わるような機能を持つ筋肉・神経などが多く、機能を温存しながらがんを取り除くことが技術的に難しい箇所でもあります。また、がんが肛門の近くにあると肛門の機能を残すことができないため、永久人工肛門(ストーマ)を造設する必要があります。

腹腔鏡下手術やロボット支援下手術の発展によって、従来よりも精緻(せいち)な手術が行えるようになったものの、がんの根治性と患者さんの生活の質の両方をかなえられる治療方法が現在も模索されています。

リンパ節郭清は必要? ――日本の標準治療をあらためて見直す

直腸がんの手術では局所の再発を予防する観点から、がんの切除と骨盤のリンパ節を広く切除すること(側方リンパ節郭清(かくせい))が標準治療となっていました。しかし、リンパ節をきれいに取り除こうとすると排尿や性機能に関わる神経を損傷してしまう可能性があるほか、出血量が増える傾向にあるため、“全ての患者さんに側方リンパ節郭清を行う必要があるのか”という議論が以前からありました。

現在、私たちは、どのような患者さんにリンパ節郭清を行うべきかについて研究をしています。最近はCTやMRIなどの画像検査で5mm以上のリンパ節への転移が疑われる患者さんに側方リンパ節郭清を行うなどの基準を設けて、側方郭清する患者さんを選択する動きも出てきています。

術前放射線化学療法を実施――欧米の標準治療を取り入れる

一方、欧米では直腸がんの手術前に放射線化学療法を行い、側方リンパ節郭清は行いません。術前放射線化学療法とは放射線治療と抗がん剤による化学療法を組み合わせることでがんを小さくし、リンパ節転移を減らして再発率を下げることを目的に行います。

また、仮に直腸がんが肛門括約筋など排便に関わる筋肉に広がっていた場合でも、術前放射線治療でがんを小さくすることができれば、肛門の機能を温存できることがあります。

さらには、術前の放射線化学療法でがんを消失させ、手術を回避する治療(Watch and Wait)や、最近では、まず術前化学療法(induction chemotherapy)を行い、次いで化学放射線療法、さらに術前化学療法(consolidation chemotherapy)を行う術前治療TNT(total neoadjuvant therapy)が注目されています。

ただし、場合によっては術前の放射線化学療法に効果がない患者さんがいることや、放射線治療によって後遺障害が出ることなどの課題があります。そこで、最近は放射線治療の後遺障害を避けるため、化学療法だけでがんを小さくする方法が模索されています。

経肛門的直腸間膜切除術(TaTME)とは、直腸がんの腹腔鏡手術の1つです。従来の腹腔鏡下手術と同様にお腹に穴を開けて医療器具を入れていくほか、肛門からも医療器具を入れてがんやその周辺組織の切除を行う治療方法です。

TaTMEはもともと欧米で行われていた手術方法で、日本人と比べて肥満が多く、骨盤の狭い欧米人に適した治療方法といえます。近年は日本でも取り入れられることがあり、従来の腹腔下鏡手術やロボット支援下手術では、腹部からのアプローチが難しいような症例に対して行われることがあります。具体的には骨盤の狭い方、肥満の方、がんの腫瘍(しゅよう)が大きい方に有用といわれています。

肛門近傍の進行した直腸がんで肛門を温存することが難しいと判断された場合は、直腸と肛門を切除し、腹部に永久人工肛門(ストーマ)を造設します。永久人工肛門とは肛門の代わりとなる新しい便の出口で、便意はなく意識とは無関係に便が排出されるようになります。そのため、普段は永久人工肛門用の装具をお腹に装着して便を貯留し、装具内に排泄物がたまったら自分でトイレに流すことになります。

肛門温存と永久人工肛門――術後の生活への影響

これまで、患者さんの生活の質という観点からできる限り永久人工肛門を避けようと、前述の術前放射線化学療法や肛門の温存術などさまざまな手段で肛門を残す手術が行われてきました。しかし、たとえ肛門が温存できたとしても、直腸の一部がなくなることによって大腸の役割の1つである“便をためておくこと”が困難になるため、排便のコントロールが難しくなることもあります。

そのため、肛門を残す代償に患者さんは常にトイレのことを気にしなければならず、食事の内容や量にも気を使わざるを得なくなり、かえって生活の質が落ちてしまうことがあります。そこで、肛門を温存しても生活の質が落ちてしまうことが懸念される患者さんには、永久人工肛門の造設を選択肢に入れることが大切だと考えます。仮に永久人工肛門を造設した場合、肛門温存をした場合のようにトイレのタイミングを心配する必要もなく、食事の内容や量にも気を使う必要はありません。また、水泳やランニングなどの運動を行うことができるため、肛門を温存した場合よりかえって生活の質が高いこともあると考えています。

患者さんの中には装具の装着や排泄物のにおいなどから、永久人工肛門であることが周囲の人に知られてしまうことを心配する方もいます。しかし、近年は永久人工肛門用の装具が大きく改良・進歩しているため、排泄物やにおいが装具の外に漏れ出ることはなく、カミングアウトしない限り周囲の人に知られることはありません。

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