肺がんとは左右の胸に位置する臓器である“肺”に生じるがんです。
年間12万人以上が肺がんにかかり日本では男性の10人に1人、女性の21人に1人がかかるといわれるがんです。(2019年時点)肺がんの治療では切除可能な場合には手術治療が行われ、必要に応じて放射線治療や薬物療法が組み合わされます。
一方、切除ができない場合には放射線治療や薬物療法による治療が行われます。近年はそれぞれの治療方法に進歩がみられ、生存率を延ばすことに寄与しています。
今回は肺がん治療に関する最新トピックス(2024年2月時点)について、国立がん研究センター中央病院 渡辺 俊一先生にお話を伺いました。
肺がんとは体の中に酸素を取り込み、体の外に不要な二酸化炭素を吐き出す役割を持つ“肺”という臓器に生じるがんのことをいいます。具体的には、空気の通り道となる気管支やその末端にある肺の細胞にがんが発生します。
肺がんの原因の1つに、喫煙が挙げられます。喫煙による肺がんは進行が早く、予後が悪いという特徴があります。
近年は喫煙習慣のない方でも肺がんにかかることが増えてきています。喫煙をしていない方の肺がんは進行が遅く、多くは3~5年以上かけて徐々に大きくなります。症状が現れにくいため早期の発見が難しいことが肺がんの特徴ですが、早期に見つけられれば手術による治療が期待できるがんです。
肺がん治療の3本柱は薬物療法・放射線治療・手術治療です。
近年はそれぞれの治療方法に進歩が見られます。これによって、進行がんでも一部には薬物療法・放射線治療・手術治療を組み合わせた“集学的治療”を行うことで治癒することがあるほか、全身転移しているような進行がんで手術が難しい場合でも薬物療法を行うことで生存年数を大幅に延ばすことができるようになってきています。
近年がん治療では、がんの遺伝子検査が積極的に取り入れられています。
がんの遺伝子検査とはがん細胞の遺伝子変異を調べる検査のことをいい、変異している遺伝子に合わせて治療薬を選択することでより効果の高い治療ができるといわれています。
このように、それぞれの患者さんのがんの特徴についてより詳しく調べ、それをもとに治療を行うことを“個別化医療”と呼びます。
肺がんの遺伝子検査をする際は、気管支鏡検査(いわゆる、肺カメラ)で採取した組織を使って検査を行います。
気管支鏡検査とは、口や鼻から気管支鏡と呼ばれる医療機器を挿入し、気管や気管支内の状態を観察したり、組織や細胞などを採取したりすることのできる検査です。肺がんの診断にも役立てられており、2cm以下の小型肺がんであっても診断できるようにさまざまな機具が開発され実用化されています。
採取できた組織は病理検査を行いがんの診断に役立てられるほか、遺伝子検査を行い薬物療法の治療方針の決定に役立てられます。
がんの中でも死亡数の多いがんとして知られている肺がんは、治療薬の開発が盛んに行われています。
以前は肺がんの薬物療法といえば、“シスプラチン”と呼ばれる抗がん薬による化学療法が主流でしたが、近年は分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの治療薬も登場し、患者さんそれぞれの状態に合わせて治療薬を選択できるようになってきました。このように治療薬が進歩してきたことによって、進行がんで手術ができない患者さんの5年生存率が徐々に向上してきています。
分子標的薬とは、がん細胞内の特定の分子に対して効果を示すことでがんを小さくする治療薬です。正常な細胞へは作用しないため、抗がん薬よりも少ない副作用で治療できると考えられています。
前述のがんの遺伝子検査において、EGFR、ALK、ROS1など特定の遺伝子に変異が見られた場合には分子標的薬が効果を示す可能性があります。ただし、使用する治療薬によって副作用が生じることもあるため、服用の際には医師の説明を受けるようにしましょう。
免疫チェックポイント阻害薬とは免疫に作用し、免疫ががん細胞を攻撃しやすくなるよう仕向ける治療薬です。どのような場合で効果が出るのかはまだはっきりと分かっていませんが、PD-L1検査と呼ばれるバイオマーカー検査で陽性が出た方に使用すると効果が高いという報告があります。患者さんによっては免疫チェックポイント阻害薬による治療を行うことで、がんがなくなってしまうほど強い効果を示すこともあるといわれています。
免疫チェックポイント阻害薬は、現状では手術のできない進行がんの患者さんにのみ投与される治療薬です。しかし近年は、免疫チェックポイント阻害薬でがんを小さくした後に手術を行うという新しい治療も一部の患者さんに行われています。
放射線治療とは腫瘍部分に放射線を照射することで、がんを小さくする治療方法です。手術のように体を切る、穴をあけるなどのダメージがない一方、放射線は腫瘍部分以外の正常な組織にもダメージを与えるため、皮膚炎や食道炎、倦怠感、あるいは放射線性肺炎などさまざまな副作用が生じることがあります。
そこで近年は正常な組織への照射を可能な限り抑え、腫瘍部分にのみ放射線が強く当たるよう、さまざまな工夫が行われています。体幹部定位放射線療法(SBRT)と呼ばれる治療方法では、より精度の高い医療機器を使用して小さい腫瘍に対しても、短期間にピンポイントで放射線を照射することができます。
肺がんの場合、手術はがんを根治する目的で行われ、リンパ節や別の臓器に転移のない比較的早期のがんが対象となります。手術で切除される範囲はがんの進行度合いによってそれぞれですが、これまではがんのある肺葉を切除する“肺葉切除術”やがんが生じている側の肺をまるごと摘出する“片側肺全摘手術”が行われることが一般的でした。
しかし近年は、進行がんに対する上述した手術治療を含む集学的治療や早期肺がんに対してより肺の切除範囲を小さくした縮小手術が症例を選んで行われるようになってきています。
前述のとおり、肺がんに対する薬物療法・放射線治療の進歩には目を見張るものがあります。そこで近年は、手術治療に薬物療法や放射線治療を組み合わせて行う“集学的治療”が行われています。
これによって本来であれば手術の難しいリンパ節への転移がある患者さんや周囲臓器に浸潤のある患者さん(いわゆる局所進行肺がん)であっても、事前に薬物療法や放射線治療でがんを小さくすることで、手術ができるようになってきました。薬物療法や放射線治療には副作用もあるため患者さんに負担がかかりやすく、治療後に手術ができるのは全身状態のよい方に限られますが、これまで手術ができなかった方に手術が可能となり、根治を目指せるようになったことは大きな進歩といえるでしょう。
肺がんでは、がんのある肺葉を切除する肺葉切除術が標準的な手術方法となっています。
しかし、肺を広範囲で切除すると術後の体への負担も大きくなります。そこで以前から、肺の機能に問題があり肺を大きく切除できない方に対し、肺葉よりさらに小さい範囲でがんを切除する区域切除が行われてきました。
区域切除は肺葉の中でがんがある区域のみを切除する方法です。少ない切除範囲で肺機能を温存し、肺葉切除術に比べて術後の呼吸機能の低下を抑えることが期待できます。
さらに近年は、まだがんが広がっておらず肺を大きく切除する必要のない2cm以下の早期の肺がんを対象に区域切除が行われることもあります。具体的には非喫煙者の方や女性にも多い、進行の遅い末梢型肺がんの手術治療としてしばしば用いられます。切除する範囲を小さくしつつ、がんをしっかり取り切る必要があるため、通常の手術より術者の技術が必要な手術といわれています。
日本で行われた大規模な臨床試験の結果、現在では区域切除が肺葉切除と並んで2cm以下の早期がんに対する標準治療となっています。
国立がん研究センター中央病院 呼吸器外科長
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