昭和大学医学部外科学講座乳腺外科学部門教授/昭和大学横浜市北部病院外科系診療センター乳腺外科 ...
千島 隆司 先生
独立行政法人 労働者健康安全機構 横浜労災病院 看護部
大椛 裕美 さん
横浜労災病院 患者サポートセンター 医療福祉相談室
藤田 寛 さん
女性に多いがんのひとつである乳がん。乳がんと診断される方の中には、仕事をしている女性も少なくありません。乳がんの治療と仕事の両立は可能なのでしょうか。両立するために、患者さんはどのようなことを心がけるとよいのでしょうか。
横浜労災病院には、治療と仕事を両立するための両立支援コーディネーターが在籍し、両立支援に力を入れています。今回は、横浜労災病院の千島隆司先生、看護師の大椛裕美さん、医療ソーシャルワーカーであり両立支援コーディネーターでもある藤田寛さんにお話をお伺いしました。
千島先生:治療と仕事の両立を望む乳がんの患者さんは、検査や治療のたびに仕事を休むことができるのだろうかと不安に感じたり、職場に迷惑がかかるのではないかと気にされたりする方が多いです。
最初に医師が対応しますが、医師の前では話せないこともあるかもしれません。仕事に関する不安や悩みなど本音が話せるのは、医師ではなく、看護師や患者サポートセンターの相談員であることが多いと思います。
大椛さん:千島先生がおっしゃる通り、診断後に患者さんのさまざまな不安に対応するのは、私たち看護師であることが多いです。
まずは仕事を続けていけるか不安に思う方が多いようです。実際に、「抗がん剤による治療や手術を受けながら本当に仕事を続けていけるのか」という声を聞くこともあります。また、職場に乳がんであることを伝えるべきか、伝えるとしたらどこまで伝えたらよいのか迷われる方も多いようです。
藤田さん:看護師がお話をお伺いし、患者さんが治療と仕事の両立に関する悩みをもっているようであれば、両立支援をサポートするために私たち医療ソーシャルワーカーにつないでもらい、相談に乗っています。
千島先生:同じ乳がんの患者さんであっても、初発の乳がんと転移再発乳がんでは、治療方法が異なります。初発の乳がんの方であれば、基本的には根治をめざした標準治療を行っていくため、その標準治療をやりきるためのサポートを行います。
一方、転移再発乳がんの場合は、治療の目標が「根治」ではなく「病状のコントロールと症状の改善」となるため、症例ごとに治療法が異なります。使用する薬剤も異なりますし、病状によって通院頻度も異なってきます。痛みなどが強い場合は、症状を和らげる緩和治療も必要になります。
それに伴い、両立の方法も、初発の乳がんと転移再発乳がんでは異なります。初発の乳がんであれば、ある程度仕事を休み治療を行えば元の仕事に復帰できるケースもあるでしょう。一方、転移再発乳がんでは、徐々に体調が悪くなっていくので、仕事の内容や量を調節しなければいけないケースも多くなると思います。このように、転移再発乳がんでは、変化していく症状に合わせた両立支援が大切になるでしょう。
藤田さん:初発の乳がんであっても転移再発乳がんであっても、患者さんが仕事を続けるためにどのような工夫が必要なのか一緒に考えていくことが重要です。
ただし、転移再発乳がんでは、すでに初発の段階で職場に自分ががんになったことを伝えている場合が多いので、がんが転移再発したときも治療に対する職場の理解を得やすく、比較的スムーズに両立に取り組むことができるケースもあります。
大椛さん:転移再発乳がんの治療では、どのような症状がどれくらいの時期に現れるということが具体的にわかれば、それに合わせて仕事の内容を検討することもできるかもしれません。しかし、症状の出現が予想できる場合は少ないので、突然長期に休みが必要になったり、いつ復帰できるのかわからなかったりというケースも少なくありません。ご本人も先が見えない分、復帰しづらいと思うこともあるでしょう。
大椛さん:必ずしも病気の詳細を伝える必要はありません。職場の方たちが知りたいことは、どれくらい仕事を休む必要があり、どれくらいの期間で復帰できるのかということです。
また、復帰後は、今まで通り仕事ができるのかということも気になる点でしょう。病気のことを詳細に説明するというよりも、治療のために自分が休職する期間や引き継がなくてはいけない仕事など、仕事の調整について話すことが大切です。
藤田さん:両立支援のために患者さんとお話しするとき、患者さんが職場に乳がんであることを伝えているか伝えていないかを尋ねるようにしています。伝えていないということであれば、職場の中で誰に伝えるべきかを聞くようにしています。
それは、直属の上司であるかもしれないし、人事の担当者であるかもしません。職場によっても異なりますので、患者さんにお話を聞きながら、職場で誰に伝えるべきかを一緒に考えていきます。
職場の全員に伝える必要はないので、患者さんの職場の人間関係の中で、誰に伝えておけば両立しやすくなるのか、また、どこまで伝えておけば気兼ねせずに休めるのか、などを一緒に考えていきます。
千島先生:治療の前には、検査など治療の準備でお休みをしなくてはいけない期間が生じるので、なるべく早めに伝えた方が、お休みがとりやすくなるかもしれません。ただし、職場環境や職位によっても異なると思うので、迷うことがあれば、看護師や医療ソーシャルワーカーに相談してほしいと思います。
大椛さん:職場の方には、患者さんに「手伝えることはあるか」と聞いてもらえるとよいと思います。たとえば、患者さんから職場の方にお願いしたいことがあっても、遠慮して伝えることができないケースもあります。職場の方から声をかけることがポイントになると思います。
また、なるべく普段通りに接することを心がけてほしいです。たとえば、抗がん剤の副作用のために髪が抜けてしまったとき、ウイッグをつける方もいらっしゃいます。患者さんの中には、ウイッグをつけて職場にいったとき、何も声をかけてもらえないことが辛いとお話しされていた方がいました。
このような病気や治療の影響による何らかの変化があっても、職場の方が自然に声がけをしてくれる環境であれば、会社にも通いやすくなるのではないでしょうか。ウイッグの例でお話しすると、「似合うね」や「自然だね」など、ポジティブな声がけをしてほしいと思います。
過度に心配して声をかけてしまうと、かえって気にしてしまう方もいます。普段通りに接しながら手伝えることがあれば手伝い、治療に専念できるようサポートしていただければと思います。
藤田さん:実際に患者さんのお話を聞いていると、必要以上に気を使われてしまうことで気兼ねしてしまうという声もあります。周囲と同じように働けないことで、後ろめたく感じてしまう方もいます。たとえば、病気になる前は残業をしながらバリバリと仕事をこなしていた方が、病気になった後は以前と同じように働くことができないケースもあります。基本的に患者さんが休むことを受け入れてもらいながら、患者さんが気兼ねすることがないよう、なるべく普段通りに接してほしいと思います。
千島先生:職場の方には、仕事の内容や仕事量について配慮してほしいと思います。上司は業務内容の見直しを行わなくてはいけないケースもあるかもしれません。患者さんの状態によっては、難易度の低い仕事や、締め切りがない仕事をまわすことも検討してほしいと思います。
乳がんはとても多い病気なので、同じ職場内に過去に乳がんになった他の方がいるケースもあるかもしれません。しかし、同じ乳がんといっても、患者さんによって病気の状態や必要な治療は異なります。「同じ病気=同じ対応」が有効とは限りません。患者さんそれぞれに適した配慮をしてほしいと思います。
また、患者さんの具合が悪くなったときに、職場に医務室など体を休める場所があるかを確認しておくとよいでしょう。患者さんの状態によっては、時短勤務やフレックス制度、在宅勤務などが検討できるかどうかも調べておく必要があります。
千島先生:上司や部下、同僚など、職場の方たちには相談しづらいこともあるかもしれません。その場合、第三者機関の産業保険センターへ相談してみるのも良いと思います。会社の規模によっては、専属の産業医がいる場合もあります。産業医への相談も選択肢のひとつに入れてください。
乳がんと診断された後、体力の低下や薬の副作用などを心配して早期に退職してしまう方もいます。また、治療を継続する中で退職の道を選ばれる方もいらっしゃいます。しかし、患者さんの人生の中では、「乳がん治療」は一つの出来事に過ぎません。乳がんの治療にあわせて仕事を辞めてしまう必要はないのです。治療はいつか終わりますが、仕事は定年まで続けていく必要がある場合が多いと思います。治療と仕事を両立していくためには、医療者側のみならず、今後は企業や社会全体で、制度を整えていく必要があるでしょう。
昭和大学医学部外科学講座乳腺外科学部門教授/昭和大学横浜市北部病院外科系診療センター乳腺外科 診療科長
昭和大学医学部外科学講座乳腺外科学部門教授/昭和大学横浜市北部病院外科系診療センター乳腺外科 診療科長
日本外科学会 指導医・外科専門医日本乳癌学会 評議員・指導医・乳腺専門医日本遺伝性腫瘍学会 遺伝性腫瘍専門医日本消化器外科学会 消化器外科指導医・消化器外科認定登録医・消化器がん外科治療認定医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会 責任医師・評議員日本医師会 認定産業医日本乳癌検診学会 評議員日本サイコオンコロジー学会 代議員
1991年福島県立医科大学医学部卒業。横浜市立大学大学院に在籍中に、カルフォルニア大学サンディエゴ校へ留学。留学期間中はGFP遺伝子の研究に携わり、GFP遺伝子を使ってがん細胞が転移する様子を確認することに成功。帰国後は、乳がん治療の最前線に携わりたいという思いから、臨床医としての経験と技術を積み上げる。
千島 隆司 先生の所属医療機関
大椛 裕美 さんの所属医療機関
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