
大腸がんは内視鏡や手術でがんを切除するのが治療の基本となりますが、転移や再発の状況によっては切除が難しくなり、その際の選択肢となるのが薬物療法です。大腸がんの発生や進行には“遺伝子変異”が大きく関わっており、各遺伝子変異に応じた治療薬の開発が進み、一人ひとりにより適した治療が可能となってきています。
今回は、関西医科大学医学部 下部消化管外科学講座 教授の渡邉 純先生に、切除不能な大腸がんの薬物療法について、進展する個別化医療に関するお話を交えて伺いました。
大腸がんは、大腸の粘膜から発生する悪性腫瘍(がん)です。大腸の壁は内側から粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜という層に分かれています。大腸がんの進行度はステージ0からステージ4に分類され、進行するにつれ外側の層に向かって根が深くなっていきます。ステージ0はがんが粘膜の中にとどまっている状態、ステージ1は固有筋層にとどまっている状態です。固有筋層を越えて漿膜下層や漿膜にまで浸潤してくるとステージ2、近接するリンパ節に転移するとステージ3、さらに肝臓や肺、離れたリンパ節への転移、腹膜播種*があればステージ4に分類されます。
大腸がんは、がんを取り除くことが治療の基本で、ステージ0〜3までの大腸がんであれば基本的に内視鏡または手術でがんを切除します。ステージ4であっても転移箇所が少なければ切除可能なケースもありますが、がんが全身に転移しているなどの場合には手術で取り除くことは困難です。また、がんを切除したものの、後から肺や肝臓に転移するなど再発し、その数が多かったり複数の臓器にわたっていたりすると切除が難しくなります。これらの切除が難しい大腸がんを“切除不能進行・再発大腸がん”と呼びます。
*腹膜播種:腹腔内にバラバラと種をまいたようにがん細胞が広がる転移。
切除不能進行・再発大腸がんでは、がんを縮小させて病状の進行を抑えることを第一の目的とした薬物療法を行います。ただしそれだけではなく、最終的に手術による切除を目指して、薬物療法を行うケースもあります。手術で切除できるかどうかのボーダーライン上にいる方や、現状では切除は難しいもののがんが小さくなれば切除が望めるといった方が対象です。薬物療法を経てがんを切除できれば、予後の大きな改善が期待できます。
薬物療法で使用する薬は、細胞障害性抗がん薬、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬に大きく分類されます。
細胞障害性抗がん薬は古くから使われており、多くの方が“抗がん薬”と聞いてイメージするのはこの種類の薬でしょう。細胞が増殖する仕組みを攻撃し、がん細胞の増殖を阻害する効果が期待できます。一方で、がん以外の正常な細胞にも影響を与える可能性があるため、全身にさまざまな副作用が起こり得ます。ご自身で自覚できる副作用は、吐き気や嘔吐、下痢、倦怠感、口内炎、脱毛、手足のしびれ、皮膚の色素沈着などです。検査によって判明する副作用としては、肝機能障害や腎機能障害のほか、骨髄が影響を受ければ白血球や血小板が減少したり、貧血になったりする場合もあります。こうした副作用には個人差があり、症状が現れる時期や症状の強さは人それぞれです。
分子標的薬は、がん細胞の発生や増殖に関与するタンパク質など特定の分子を標的とし、その機能を抑えることでがん細胞を攻撃する作用がある薬です。細胞障害性抗がん薬が細胞全体を攻撃するのに対して、分子標的薬はターゲットを絞って攻撃するイメージです。分子標的薬にはいくつかの種類があり、大腸がんの治療では主に抗EGFR抗体薬(セツキシマブ、パニツムマブ)や血管新生阻害薬(ベバシズマブなど)が用いられます。
分子標的薬がターゲットとする分子はがん細胞に数多く発現するものですが、正常な細胞にも一部発現しています。そのため、投与によって正常な細胞の機能にも影響が及ぶことがあり、副作用として発疹などの皮膚症状、血圧上昇、タンパク尿などが起こることがあります。また、分子標的薬のうち抗体薬の投与によって起こるインフュージョン・リアクションという反応もよくみられます。投与後おおむね24時間以内に発生し、悪寒や発熱、血圧低下、息苦しさなどをきたします。
人間の体には免疫という力があり、ウイルスなど外敵が侵入してくると攻撃して体を守っています。がんも外敵として攻撃対象となりますが、がん細胞には免疫の攻撃を回避する作用があります。そこで免疫の攻撃力を増強させ、がん細胞の逃げる力を弱めるのが免疫チェックポイント阻害薬です。
細胞障害性抗がん薬に比べて吐き気などの副作用は少ないですが、免疫関連有害事象(irAE)には要注意です。特徴的な副作用としては、甲状腺機能障害、副腎皮質機能低下症、肝炎、大腸炎などが挙げられ、中には不可逆的(元の状態に戻すことができないこと)な症状が起こることもあります。半永久的に症状が残る恐れもあるため、医師から十分に説明を受け、理解したうえで使っていただく必要があると考えます。
切除不能進行・再発大腸がんには、複数のレジメン(薬の種類、量、投与期間などを定めた治療計画)があります。『大腸癌治療ガイドライン』では、基本的なレジメンが複数示されており、がんの発生や進行に関わる遺伝子変異の有無やがんの発生部位などに応じて患者さんに適したレジメンを選択します。
ただし、薬物療法を行う前に、まずは患者さんが薬物療法に適した状態かどうかを検討する必要があります。たとえば、腎臓や肝臓の機能が著しく低下している方は薬の投与が難しい場合があります。全身状態や患者さんの希望などを考慮して薬物療法が適応になるかどうかを判断します。
薬物療法ができると判断したら、一次治療(最初に行う治療)の内容を決めるために、がん組織における遺伝子変異の有無を調べる検査を実施します。MSI/MMR-IHC検査、RAS遺伝子検査、BRAFV600E遺伝子検査を行い、結果に応じて適切な治療を選択します。
まずは、MSI/MMR-IHC検査にて、DNAミスマッチ修復機能(DNA複製の際に生じるエラーを修復する機能)に異常があるかどうかを確認します。検査の結果、異常がみられた場合(MSI-High/dMMR)には、免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できます。このタイプの大腸がんは、遺伝性のリンチ症候群が約20〜30%、遺伝性ではない散発性のものが約70〜80%を占めます。リンチ症候群では、若年発症、多発性(同時性、異時性)などの特徴があり、散発性では、女性や高齢の方に多い傾向があります。いずれの場合も盲腸や上行結腸など大腸の右側に生じたがんに多くみられます。
MSI/MMR-IHC検査で異常がない場合は、RAS遺伝子検査、BRAFV600E遺伝子検査の結果から、一次治療の内容を検討します。
RAS遺伝子に変異があれば、細胞障害性抗がん薬に分子標的薬を組み合わせた治療を行います。RAS遺伝子に変異があると抗EGFR抗体薬は効きにくいため、分子標的薬は血管新生阻害薬(ベバシズマブ)を選択します。細胞障害性抗がん薬は年齢や全身状態に応じて薬の強さや副作用を考慮して選びます。
近年、BRAFV600E遺伝子に変異がある方には、BRAF阻害薬に加えて抗EGFR抗体薬と細胞障害性抗がん薬を組み合わせることで効果が期待できることが分かり、一次治療として実施します。
いずれにも変異がなければ、がんの位置が大腸の左側か右側かで分けて考えます。下行結腸、S状結腸、直腸が左側で、盲腸、上行結腸、横行結腸が右側です。
左側のがんについては、細胞障害性抗がん薬と抗EGFR抗体薬で治療を行います。患者さんの状態に応じて、抗EGFR抗体薬ではなく血管新生阻害薬を選択するケースもあります。一方、右側のがんには抗EGFR抗体薬の効果が得られにくいと報告されており、細胞障害性抗がん薬に血管新生阻害薬を組み合わせて使います。
薬物療法は初めに選択する一次治療に始まり、効果や副作用を確認しながら二次治療、三次治療、四次治療と、段階を経るごとにレジメンを切り替えながら治療を進めていきます。『大腸癌治療ガイドライン』には、それぞれの段階において推奨されるレジメンが記載されているので、それを参考にしながら進めます。ただし、“二次治療ならこの治療”といったように1つのレジメンが規定されているわけではなく、同じ段階であっても推奨されるレジメンが複数あります。患者さんの生活状況によって飲み薬中心の治療が適している方もいれば点滴のほうがよいケースもあり、副作用の出方も人それぞれであるため、患者さん一人ひとりの状況をみながら、複数の選択肢の中から薬の使い方や使う順番を決めていきます。
特定の薬を長く使っているとがん細胞がその薬への耐性を持つようになり、効果が薄れてくるため、薬を切り替える時期の見極めが肝心です。薬の奏効期間は段階を経るごとに徐々に短くなっていく傾向があり、一次治療では1年、二次治療では6か月、三次治療では4か月程度で薬の変更が必要になることが多いのが一般的です。ただし、これらはあくまでも平均値であり、薬の効き方は患者さんによって大きく異なるため定期的な効果判定が大切です。適切な切り替え時期を逃すと以降の治療に支障をきたす可能性もあるため、8~12週ごとにCT検査などで腫瘍の状態を評価し、薬の効果が得られていないと分かった時点で早めに切り替えを判断することが重要です。
また、患者さんが薬物療法を受けられる状態にありながら使える薬を全て使い切ってしまったときには、一定の要件を満たせばこれまでに使った薬を再度使うことも考慮されます。
大腸がんの薬物療法では、遺伝子変異の有無やがんの発生部位によって薬の選択を変えるといったように、個別化医療(一人ひとりに適した治療選択)が徐々に進んできています。大腸がんの患者さんにみられる遺伝子変異は、前述のRAS遺伝子変異やBRAFV600E遺伝子変異に限りません。そのほかの遺伝子変異に応じた薬の選択も一部可能になっています。たとえば、がん細胞上にHER2の増幅がみられる患者さんについては抗HER2抗体薬による治療が期待できます。この治療は二次治療以降になりますが、一次治療開始前にHER2に異常がないか調べておくこともあります。また、NTRK融合遺伝子がある患者さんにはTRK阻害薬の効果が期待できることが分かっています。
今後さらに多くの変異に対してそれぞれ効果が期待できる薬が登場すれば、一人ひとりの患者さんに合った薬をさらにきめ細かく選択できるようになり、治療効果がより高まっていくことが期待されます。また、“効きにくい薬を使う必要がなくなること”も個別化医療の利点です。“この薬はこういう患者さんには効きにくい”ということがあらかじめ分かっていれば、不要な副作用に苦しまずに済みます。近い将来、個別化医療のメリットをより多くの患者さんが享受できる時代が訪れるのではないでしょうか。
個別化医療が進むなか、2025年9月にRAS遺伝子変異の中の“KRAS G12C変異”というタイプの切除不能進行・再発大腸がんの後方治療に対して、抗EGFR抗体薬との併用療法におけるKRAS G12C阻害薬が承認されました。
RAS遺伝子の変異は大腸がんの患者さんの45%ほどにみられますが、RAS遺伝子変異があると抗EGFR抗体薬が効きづらく、RAS遺伝子変異がない患者さんに比べて、変異のある患者さんの予後は不良といわれてきました。それは実際に診療の現場においても実感してきたことです。今回、KRAS G12C阻害薬が抗EGFR抗体薬との併用療法として承認されたことで、KRAS G12C変異のある患者さんの予後改善につながることが期待されます。なお、KRAS G12C変異の有無については、RAS遺伝子検査をした際に確かめることができます。
現在はほかの遺伝子変異に対する治療薬も開発段階にあり、今後さまざまなRAS阻害薬の登場によって対応できる領域が広がっていくことが望まれます。
大腸がんの薬物療法は複雑化しており、患者さん自身が全てを把握して積極的な治療選択をするのは難しいのが実状です。多くの方は医師に提示された選択肢から自分に合った治療を選ぶことになると思います。私たち医師はガイドラインをベースに、患者さんの病状をみながら治療を検討しますが、治療選択において重要なのはそれだけではありません。患者さんは一人ひとり、仕事や趣味などの生活スタイルも治療への姿勢や考え方も異なります。多少副作用が強くても1日でも長く人生を送りたいと考える方もいれば、余命が短くなったとしても生活の質を維持しながら自分らしく過ごしていきたいと考える方もいるでしょう。こうした治療への考え方を含めて、個別に治療法を考えていくべきだと思います。
より自分に合った治療を行うために、患者さんにはご自身の希望や思いを率直に医師に伝えていただきたいです。患者さんの話を受け止め、治療選択に反映させようとする医師が信頼できる医師なのではないかと私は思います。このように医療者と患者さんが互いに話し合って治療を組み立てていくプロセスをShared Decision Making(シェアード・ディシジョン・メイキング)といいます。Shared Decision Makingを実践してくれる医師と共に、ご自身の思いを大切にしながら治療を考えていただきたいと思っています。
また、新たな治療の開発が世界中で盛んに行われており、その成果が徐々に患者さんに還元されていくでしょう。一人ひとりにより適した治療を選択できる個別化医療が今後さらに進んでいくことを期待しています。
関西医科大学医学部 下部消化管外科学講座 主任教授
関西医科大学医学部 下部消化管外科学講座 主任教授
日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医・消化器がん外科治療認定医日本外科学会 外科認定医・外科専門医・指導医日本消化器病学会 消化器病専門医日本大腸肛門病学会 大腸肛門病専門医・大腸肛門病指導医日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医・消化器内視鏡指導医日本臨床腫瘍学会 暫定指導医
世界も認める大腸がん腹腔鏡手術のニューリーダー
大腸がんの腹腔鏡手術を専門とする消化器外科医。
少年時代に受けた胸腔鏡手術の経験から医学の可能性を見出し、医師を志した。
患者さんへ最良の手術を提供することを信念に、腹腔鏡手術を中心に大腸がん治療を提供。
内視鏡手術の技術認定医であり、その技術力の高さは国際的にも定評がある。
これまで述べ1,500例を超える腹腔鏡手術を執刀。
横浜市立大学附属市民総合医療センター消化器病センター 外科 准教授を経て、2024年より関西医科大学医学部 下部消化管外科学講座 主任教授に就任。
渡邉 純 先生の所属医療機関
様々な学会と連携し、日々の診療・研究に役立つ医師向けウェビナーを定期配信しています。
情報アップデートの場としてぜひご視聴ください。
「大腸がん」に関連する病院の紹介記事
特定の医療機関について紹介する情報が掲載されています。
関連の医療相談が26件あります
胸膜腫瘍とは
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30年ほど前に大腸がんの開腹手術をしました。去年2回腸閉塞で入院しましたがいずれも1晩で治りましたが今後も再発が怖い 何か予防方法はないですか?
人口肛門について
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