社会医療法人清風会 理事長 向田一敏先生
「脳卒中」と聞くと、多くの人は脳の病気だと思うだろう。ところが、その引き金となっているのは心臓の不整脈であることも少なくない。
広島市佐伯区にある五日市記念病院を運営する社会医療法人清風会の理事長、向田 一敏先生に、脳卒中という病気の本当の姿と、治療や予防について伺った。
脳卒中とひとくちに言っても、実は中身は大きく3つに分かれます。脳の血管が詰まる「脳梗塞」が7割くらい、血管が破れる「脳出血」が2割くらい、「くも膜下出血」は1割に満たないくらいの割合です。脳出血は高血圧のコントロールが全国的にできるようになってきたこともあって少しずつ減ってきましたが、現在は下げ止まっています。脳梗塞も全体としては減ってきていますが、実は心臓に原因がある(心原性)脳梗塞は増えています。
こうした脳梗塞が増加している背景には、「心房細動」という不整脈が大きく関わっています。
心房細動は、心臓の上側にある心房という部屋が小刻みに震えるように動いてしまい、血液が滞留してしまってきちんと送り出せなくなる不整脈です。血液の流れが滞ると、心臓の中、特に左心房のあたりで血液が固まりやすくなり、血栓(血の塊)ができてしまいます。この血栓が血流に乗って心臓から送り出され、脳まで運ばれていって、脳の太い血管を突然ふさいでしまうのが心原性の脳梗塞です。
心房細動が原因で起こる心原性の脳梗塞は、太い血管が詰まりやすく、症状が重くなりやすい傾向にあるので、注意が必要です。
この心原性に限らず、どのようなタイプの脳卒中であっても、適切な治療を受けるためには初期サインを見逃さないことが非常に重要になってきます。
ご家庭でも簡単に確認できることとして、FASTという言葉をぜひ覚えておいてください。これは顔(Face)の麻痺、腕(Arm)の麻痺、言葉(Speech)の障害をなるべく時間(Time)を置かずに確認するもので、少しでもおかしいと感じたら迷わず医療機関の受診を考える目安となります。
救急隊からの連絡を受けて患者さんが運ばれてきた際には、まず正確な診断を迅速に行うことが第一歩となります。当院ではMRIの検査や造影剤を使ったCT検査などを組み合わせて、どのような問題が起きているのかを見極めていきます。
発症した時刻が不明な場合や、朝目覚めたときに症状が出ていたというケースも珍しくありません。だからこそ、画像検査から得られる情報をもとに、どのような治療が適応となるかを迅速に判断していく必要があります。
心臓から飛んだ血栓が脳の太い血管を塞いでしまうと、症状が重篤になりやすい傾向にあります。治療は、まさに時間との勝負です。
血栓を溶かすt-PAという薬は、発症から4.5時間以内であれば効果が期待できますが、太い血管が詰まっている場合は血栓が溶け切らないため効果が限定的なこともあります。また、カテーテルを使って直接血栓を回収する治療は、画像検査で治療できる脳組織が残っていれば、発症から24時間まで対応可能な場合があります。とはいえ、早ければ早いほどよいことに変わりはありません。
当院では、脳梗塞の診断がついたらすぐt-PAを使いながら、同時に血栓回収の準備も進めています。こうした取り組みによって現在では、患者さんが病院に着いてから治療を始めるまで、早ければ60分以内という体制を構築することができています。
ただ、脳卒中は脳梗塞だけではありません。脳の血管が破れるタイプでは、異なる治療が必要になります。その1つが、脳動脈瘤の破裂によって起こるくも膜下出血です。
くも膜下出血の治療法は大きく分けて、頭を開く開頭手術のクリッピングと、カテーテルを用いた血管内治療の2つです。最近は体への負担が少ないとされるカテーテル治療の実施頻度が増えてきており、当院でも脳動脈瘤に対するカテーテル治療であるコイル塞栓術なども行っています。血管内治療と聞くと安全で楽に受けることができるイメージを持たれるかもしれませんが、決してそのようなものではありません。開頭クリッピングと同様に熟練した技術が必要です。
さらに、カテーテルは全ての患者さんに適応となる訳ではなく、再発率もクリッピングに比べると高くなります。実際、コイル塞栓術後に再発した患者さんを開頭術により再治療した経験もありますが、再手術は決して容易なものではありません。
だからこそ、どちらの治療法も適切に選択できる病院があるべきだと考えており、当院では患者さんに合わせて治療を検討、実施しています。
脳卒中を発症した患者さんにとって重要なのは、ご自身の状態に一番合った治療を速やかに受けられる病院へたどり着けるかどうかです。どこに患者さんが運ばれるかは、基本的に救急隊の判断となります。
当院へは年間でおよそ2,000件の救急搬送があり、そのうち700件余りが入院を必要とする重症度の方です。さらにその中の6割ほどが脳疾患という状況になっています。
これだけの患者さんが運ばれてくる中では、やはりカテーテルだけでは対応しきれないケースも存在します。だからこそ、開頭手術も含めて幅広く対応できる体制を持っておくことが、地域の救急医療をしっかりと支えることにつながるのです。
なお、広島市では、夜間の救急は輪番制をとっており、一晩あたり2~3施設が交代で受け入れる仕組みになっています。日中に関しても、当院での受け入れが難しいときは他の病院へ、逆に対応可能なときは当院へ運んでいただくというように、救急隊の判断で柔軟に動く形になっています。
幅広い治療の選択肢を用意し、救急隊とも連携しながら一刻も早く適切な治療を開始する。そうやって、まずは急性期の患者さんの命をしっかり救う。それが私たちの仕事だと思っています。
発症直後の急性期の治療が終わり、一命を取り留めた後、どのように生活を取り戻していくかも脳卒中医療の重要な部分です。せっかく歩けるようになって帰っても、生活習慣が乱れたり、再発防止のための薬物治療を勝手に中断する、あるいはリハビリテーションが十分にできなかったりすると、脳卒中が再発したり歩行などの身体機能が落ちてしまうことがあります。
これを防ぐには切れ目のない医療が必要です。厚労省は地域医療において、地域全体で患者さんを診ていく連携を実現しようとしており、当院の場合は社会医療法人清風会全体で脳卒中の患者さんを診ていく仕組みを作っています。具体的には、この五日市記念病院で急性期の治療や直後のリハビリテーションを担い、ここから車で15分ほどの場所にある当法人の廿日市記念病院で回復期のリハビリテーションを行っています。
さらに、ご自宅へ戻られた後の維持期を支えるため、2023年からは法人として訪問看護・訪問リハビリテーションや訪問診療もスタートさせています。せっかく脳卒中から回復して帰られた方が、前述のような理由で再発のリスクを高めてしまう。そんなことがないように、退院後の生活まで含めて、地域全体で支えていく形を作っていきたいと考えています。
そして何より、病気になる前の予防が最も重要です。そのためには、まずご自身で取り組める日々の生活習慣の見直しや、健康状態の把握から始めていただきたいと考えています。
具体的には、ご家庭でご自身の血圧を測る習慣をつけていただくことが第一歩となります。さらに、血圧を測るついでに脈にも触れ、不整がないか意識してみてください。そうした毎日のちょっとした行動が、脳梗塞の大きな引き金となる心房細動などの不整脈に気付くきっかけになるはずです。
また、脂質異常や糖尿病といった生活習慣病が背景にあると血管のダメージが進行しやすいため、日頃から食事や運動に気を配り、ご自身の体の状態を正しく知っておくことが欠かせない要素です。
こうしたご自身の状態を客観的に把握するために活用していただきたいのが、健診制度になります。広島市では「元気じゃ健診」という特定健診(40歳以上の方に向けた成人病予防のための健診)を実施していますが、受診率はまだ30%程度にとどまっている状況です。わざわざ遠くの健診センターに行かなくても、かかりつけの医療機関で受けられることをご存じない方も少なくありません。かかりつけ医を持って定期的に体の状態をチェックしていただくことが、大きな病気を未然に防ぐ盾となってくれます。
そうした日々の健康管理に加えて、定期的な専門の検査を受けることも予防の大切なステップといえます。具体的には、MRIを用いた脳ドックや、頚動脈の超音波エコー検査などが有効です。
頚動脈は心臓から脳へ血液を送る大切な通り道であり、ここにプラーク(悪玉コレステロールなどの汚れが溜まったもの)が溜まっていると、それが剥がれて脳の血管を詰まらせる直接的な原因になってしまいます。血管を調べる方法として造影CT検査もありますが、体への負担やアレルギーのリスクを伴うこともあります。そこで、まずは負担の少ない頚動脈エコーでプラークの有無を確認し、必要に応じて造影CT検査も行うことが推奨されます。
血管にプラークが溜まる状態を「病的動脈硬化」と呼びますが、動脈硬化は全身の血管に発生してくるのが通常です。自覚症状によっては、心臓や大血管、脚の血管などの検査をおすすめすることもしばしばあります。
私が子供の頃、祖父が脳卒中で倒れました。当時は脳梗塞という診断名すらつかないような時代で、往診の先生からはとにかく頭を冷やしなさいと指示されたものです。自転車を走らせ、氷を売るお店まで何度も買いに行ったことを今でも鮮明に覚えています。
祖父は片麻痺と失語症の後遺症が残ったため、何年も寝たきりの生活を送ることになり、祖母をはじめ家族の介護を受け続けていました。あの頃は診断技術も治療法も限られていましたが、医療が進歩した今なら、当時救えなかった命や守れなかった生活を救える方法が大きく拡がっています。
脳の病気は、どんなに医療が進歩していても、絶対に治癒できるというわけではありません。発症してもなるべく早く治療を開始することが大切なのは先に述べたとおりです。読者の皆さんには、日々の少しの心がけでご自身の体を守っていただきたいと切に願っています。
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