左から横浜市消防局久保 昇徹氏、横浜市立脳卒中・神経脊椎センター病院長城倉 健先生、横浜市医療局川越 隆介氏(写真:メディカルノート)
横浜市では、市内医療機関、医療局、消防局が連携し、脳卒中患者を迅速に治療へつなげる救急医療体制を構築している。
脳卒中は、発症後の対応速度が命や後遺症を大きく左右する病気だ。横浜市では2009年から本格的に脳血管疾患救急医療体制を運用し、現在、市内31病院が参加して救急患者等の受入れを行っている(2026年4月1日時点)。
横浜市立脳卒中・神経脊椎センター病院長の城倉 健(じょうくら けん)先生、横浜市医療局救急・災害医療課担当係長の川越 隆介(かわごえ りゅうすけ)氏、横浜市消防局救急企画課担当係長の久保 昇徹(くぼ しょうてつ)氏に、脳卒中医療の現状と横浜市の取り組みについて話を聞いた。
――そもそも脳卒中とは、どのような病気なのでしょうか。
城倉先生:脳卒中というのは、脳の血管が詰まる「脳梗塞(のうこうそく)」、脳の血管が破れて脳の中に出血する「脳出血」、それから動脈瘤(どうみゃくりゅう)が破裂して起こる「くも膜下出血」に大きく分かれます。
脳梗塞にも、細い血管が詰まるラクナ梗塞、動脈硬化が原因となるアテローム血栓性脳梗塞、心臓の血栓が脳に飛ぶ心原性脳塞栓症(しんげんせいのうそくせんしょう)など、いくつかの種類があります。
脳卒中で一番重要なのは、「時間との勝負」だということです。たとえば、脳の血管が詰まる脳梗塞は、詰まった瞬間にその先の脳の神経細胞が全て死んでしまうわけではありません。詰まった直後はまだ生きている神経細胞が、血流が途絶えることで、時間とともに急速に壊れていくのです。
壊れていくスピードはとても速く、計算の仕方にもよりますが、1分経つごとに190万個もの神経細胞が失われていくといわれています。
したがって、少しでも多くの神経細胞を救うためには、1分1秒でも早く治療を始めることが重要になります。これが、「Time is Brain(時間は脳)」とわれる所以でもあります。
――1分1秒でも早く、というのは、実際にはどれくらい時間の猶予があるのでしょうか。
城倉先生: 脳卒中の治療は、起きた脳卒中の種類により異なります。たとえば脳梗塞なら、注射薬で血管をつまらせている血栓を溶かす「t-PA」という治療や、血管に直接カテーテルを入れて血栓を取り除く「機械的血栓回収術」などがありますし、脳出血なら頭を開いて血の塊(血種)を取り除いたりするする手術もあります。どの治療を行うかは患者さんの状況によって変わります。
治療開始までの時間は、t-PAは原則として発症から4.5時間以内、機械的血栓回収術は原則として6時間以内とされていましたが、現在では、画像検査で脳の状態がよくわかるようになってきたため、もう少し時間がたっても同様の治療ができる場合もあります。ただし、こうした4.5時間、6時間といった目安時間は、この時間まで猶予があるという意味ではない点に注意してください。目安時間まで待ってもも良いという意味ではなく、先ほど述べたように、なるべく多くの神経細胞を救うために、待たずに1分でも早く、治療可能な病院に行くことが最も重要です。
――つまり、搬送先の選定も重要になるわけですね。
城倉先生:そのとおりで、「どこに搬送するか」が重要になります。実は脳卒中は、がんの専門病院のように、1つの大きな専門病院に患者さんを集中させればよい、という話ではないのです。例えば、遠方の専門病院に時間をかけて患者さんを搬送してしまうと、時間が経った分だけ神経細胞が多く壊れ、予後が悪化してしまうからです。それよりも適切に分配配備された治療可能な専門病院に、最短時間で搬送するよう工夫することが重要です。
脳卒中は、“地域全体で診る”という意識がとてもが大切です。搬送時間を最短にするために、地域全体に分散する専門病院の状況を把握し、最も近い病院にできるだけ早く搬送する体制が最も必要になります。
――脳卒中は「どれだけ早く、近くの病院へ運ぶか」が重要であることはよく分かったのですが、誰かが脳卒中で倒れた際、多くの方は「これは脳卒中かもしれない」と気付けない場合があるのではないでしょうか。
城倉先生:そうですね。これは非常に重要な点で、日本脳卒中学会でも以前から脳卒中を疑うサインとして「FAST(ファスト)」という合言葉があることを機会があるごとにアピールしています。
「FAST」は、顔(Face)のゆがみ、腕(Arm)が上がらない、言葉(Speech)が出ない、といった症状を確認したら、なるべく短時間(Time)のうちに救急車を呼ぶ、という意味です。
もし倒れた方がいた場合、FASTに1つでも当てはまったら、すぐ救急車を呼んでほしいのです。考えている間にも脳の細胞は失われていきますから。
――ちなみに、自宅の車で病院へ連れて行くのはよくないのでしょうか。
城倉先生:救急車を呼ぶべきです。救急隊が最初に患者さんを評価すること自体が、とても重要なのです。救急隊はトレーニングされているので、脳卒中を疑うべきかどうかの判断ができます。そして、脳卒中が疑われれば、最短時間で治療可能な専門病院に搬送出来ます。途中で状態が悪化しても救急車には消防局の救急救命士が乗車しており、対応できます。
消防局 久保氏:救急隊は、脳卒中を疑う症状があった場合には、活動要領に基づき、必要な観察や処置を行うとともに、適切な医療機関へできるだけ早く搬送することを考えて活動しています。病院が開催する脳卒中に関する勉強会等にも参加して、知識を深める努力もしています。脳卒中かなと思ったら迷わず救急車を呼んでください。
――一方で、横浜市は面積が広く、病院数にも地域差があると思います。搬送体制はどのようになっているのでしょうか。
医療局 川越氏:横浜市では、脳卒中に対応できる病院を市内全域で31病院認定しています。
横浜市は人口約376万人の都市で、年間におよそ1万5,000人が脳卒中の疑いにより救急搬送されています。(2025年時点)。これだけの患者さんに適切な医療を提供するため、横浜市では、独自の基準を設けて脳卒中治療が可能な31病院を認定し「横浜市脳血管疾患救急医療体制」を整備しています。そして、横浜市独自の「横浜市救急医療情報システム(YMIS)」を用い、病院の受入可否の情報等をリアルタイムで共有して、救急隊がどの病院へ搬送すべきかが分かるようにしているのです。
城倉先生:脳卒中では、どの病院でどの治療が受けられるかを確認して、治療可能な病院の中でできるだけ近くに搬送先を決めることが重要です。このシステムでは、「血栓回収まで対応できる」「t-PAまで対応できる」「現在受け入れ可能か」といった情報を一覧で確認できるようになっていて、その情報を確認しながら、現場の状況も踏まえて臨機応変に救急隊が搬送先を決めています。
消防局 久保氏:救急隊は、YMISも活用しながら対応可能な病院を選定し、電話で受け入れの可否を確認して搬送先を決定しています。
YMIS上では受け入れ可能となっていても、ほかの患者を受け入れていて、対応ができない場合もあるので、必ず病院に連絡をして受入の可否を確認します。
――なるほど。さきほど横浜市内で脳卒中の治療を行う病院を31認定しているとおっしゃっていましたが、認定される条件にはどのようなものがあるのでしょうか。
城倉先生:脳卒中の治療は、脳卒中を専門とする医師がいればどの病院でもできる、というものではありません。先ほど触れたt-PAや機械的血栓回収術ができる設備を持っている必要がありますし、患者さんを24時間受け入れられるよう、医師が常駐している必要もあります。そのような病院を市が独自に条件を設定し、病院を認定しています。
同じような仕組みとして、全国的には日本脳卒中学会が、脳卒中の治療を行うための条件を備えた病院を「一次脳卒中センター(PSC)」として、また機械的血栓回収術ができるなどのより進んだ設備がある病院は「一次脳卒中センター(PSC)コア施設」として、認定しています。横浜市の場合はこの認定の仕組みより前に制度を始めており、学会認定の有無にかかわらず患者数や治療実績なども市独自の基準を設定、公表(https://www.city.yokohama.lg.jp/kenko-iryo-fukushi/kenko-iryo/iryo/gan/nokekkan/nou04-kikan.files/0007_20190401.pdf)して質の担保を行い、脳卒中の治療ができる病院を認定しています。
――そうなんですね。ちなみに同じような仕組みは、他の都道府県や政令指定都市にもあるのでしょうか。
医療局 川越氏:他の自治体では、多くが日本脳卒中学会の認定した一次脳卒中センターによる医療を行っており、そちらも非常によく機能していると思います。
横浜市の場合、この脳血管疾患救急医療体制が本格的に始まったのは2009年からで、日本脳卒中学会の認定制度が開始する前でした。現在は、日本脳卒中学会の基準を踏まえつつ横浜市独自の仕組みになっていると考えています。横浜市における脳血管疾患救急医療体制の整備は、全国に先駆けた先進的な取組の1つですし、急性心筋梗塞などの心疾患においても脳卒中と同じような体制を整備しています。心疾患の場合、市内の23の病院が基準を満たし体制に参加しています。(2026年4月1日時点)。
城倉先生:私の知るところでは、行政と消防、そして病院がこれほど密接に連携している例は、他の自治体でもなかなか見られません。これは、横浜市に医療政策を継続して考える部署が古くから存在し、いまもなお一貫性を持って医療政策に取り組んでいることが大きいのではないかと思っています。
――ありがとうございます。
現在の横浜市の脳卒中の救急医療体制に課題はないのでしょうか。
城倉先生: 課題はまだまだあります。現在のシステムはリアルタイムで情報を共有し、救急隊が判断できるようになっていますが、救急隊は救急隊で現場経験に基づく独自の判断も行っています。
この判断自体は非常に有用なので、それをリアルタイムの情報に反映させて活用できるようになると、システムとしてもっと完成度が高くなると思います。
さらに将来的には、救急搬送データと病院側の診療データを、より詳細に連携できる仕組みも期待しています。 DXが進み、救急搬送から治療、その後の経過までを一体的に分析できるようになれば、搬送先選定や脳卒中の治療法の選択をより効率的に行えるようになるはずです。
――最後に、記事を読んでいる方へのメッセージをお願いします。
城倉先生: 脳卒中は時間との勝負です。FASTをぜひ知っていただき、少しでも異常を感じたら迷わず119番通報をしてください。現在では日本中に日本脳卒中学会が認定した一次脳卒中センターがあります。
そして、急性期治療だけではなく、その後のリハビリテーションまで含めて脳卒中医療だということも知っていただければと思います。脳卒中急性期治療は、失う機能、つまりダメージを最小限に減らす医療です。一方で回復期リハビリテーションは失った機能を取り戻す、最大限に回復する医療です。どちらかだけではなく、どちらも同じように重要です。
実際、脳卒中は医療の進歩とともに急性期治療で命をとりとめる方が年々増えており、その分リハビリテーションの重要性が増しています。
ぜひ脳卒中について知っていただき、いざというときに適切な対応をしていただければ幸いです。
医療局 川越氏:横浜市は広い市域を持つ都市ですが、市民の皆さんがどこで病気やけがをされた場合でも、速やかに適切な医療を受けられる体制づくりを進めています。
行政として、消防や医療機関と連携しながら、これからも安心して暮らせる街を支えていきたいと考えています。
消防局 久保氏: 脳卒中が疑われる症状があれば、迷わず119番通報をしてください。救急車には救急救命士が乗車しており、患者さんの状態を確認して、適切な医療機関へ迅速に搬送します。
また、救急車を呼ぶべきか迷った際には、「#7119」も活用していただければと思います。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。