医療法人マックシール 理事長 巽孝彦先生
伊丹空港にほど近い大阪府池田市の高齢化率は27.4%。しかし、周辺の能勢町や豊能町では40-50%台と、地域によって高齢化が進んでいる(2025年時点)。
一方でこの地域は大阪大学医学部附属病院や国立循環器病研究センター病院といった中核的な病院が近隣に存在し、医療施設の充実した恵まれた環境にあるといえる。
このような地域でも、医療の課題は多い。古くからの住民が多く住むこの地域で、75床という規模ながら「医療の質」の国際認証であるJCI(Joint Commission International)の認定を受け、救急・急性期医療を展開している医療法人マックシールの理事長である巽 孝彦(たつみ たかひこ)先生に、地域医療が直面する構造的な課題を伺った。
私たちの本拠地である池田市周辺は、非常に恵まれた医療環境にあります。ただ、高齢化が急速に進んでいること、そして、国が進める医療制度の機能分化によって、病院側にはいくつかの乗り越えるべき構造的な課題が生まれています。
この地域で私たちが日々肌で感じている、地域医療の持続可能性に関わる課題は主に次の3つだと考えています。
1つ目の課題は、診療報酬と物価・人件費の乖離(かいり)です。これは、病院の経営に大きな影響を与えています。
2つ目の課題は、救急・急性期医療の診療報酬(医療費)の低さです。地域に不可欠な救急医療を続けるにあたり、コストに対する報酬のバランスが悪いのです。
3つ目は、救急や急性期の治療が終わった患者さんが移る医療機関が足りず、患者さんのスムーズな治療の流れを難しくしているという課題です。
医療機関の経営は、潤沢なものではありません。
特に私たちの収入源である診療報酬は、厚生労働省が金額を決めており、全国どの医療機関でも医療費は変わりません。
それに対して、病院運営にかかる支出、たとえば医療機器の仕入れ、病院食の材料費、そして何より人件費は、世の中の景気や物価の上昇に連動する「市場経済」の原理で動いています。
このねじれが今、全国の病院経営を苦しくさせています。
国が賃上げを促すなか、人件費は上がりますが、収入源である診療報酬は2026年の改定では大きなプラスとなった病院もあれば、そうでない病院もあります。何よりもまだ物価や人件費の上昇に追いついていません。私は「社会主義的統制経済の収入のなかで、資本主義的市場経済の支出に対応しているようなものだ」とよく例えるのですが、この構図は医療や介護といった公的保険制度で成り立つ業態全体に共通する課題の1つです。
この構造的な課題に対し、病院経営を持続可能なものにするには個別の病院単体では限界があります。
そこで、たとえば私たちは、医療法人全体で巽病院のような急性期に加え、巽今宮病院(箕面市)という回復期リハビリテーション(以下、リハビリ)や療養型の病院を展開し、さらに介護老人保健施設や訪問・居宅事業所まで、さまざまな事業体を複合的に運営しています。
これにより、どこか1つの分野で診療報酬や介護報酬と実際の経済の差が大きくなっても法人全体で補完できるようにして、地域の医療を守っているのです。救急・急性期医療が中心の巽病院だけで経営していたら、もう数年前に経営が破綻していたことでしょう。
この点について、もっと詳しく説明します。
私は、救急・急性期を「医療の原点」と考えています。当院は病床数75床と規模は小さいのですが、それでも救急医療、急性期医療が必要な方は一定数いて、今後さらに高齢者の方々が多くなるこの地域で、私たちが担う役割は大きなものがあります。
しかし、特に救急医療を維持するのにはコストがかかります。いつ搬送されてくるか分からない救急患者さんのためにスタッフを配置し、あるかないか分からない手術のために手術室を稼働させているわけですから。
一方で、診療報酬がそれに見合うかというと、残念ながら今のところはそうではありません。診療報酬は最前線で働く医師や看護師といった「人」への点数(ドクターフィー)が低いため、経営にはプラスになりにくいのが実態です。
それでも私たちが救急を辞めないのは、“今、患っている人”に今手助けをしたいからです。そして救急という現場に身を置くことが、医療技術の維持や大きな向上につながるからです。
また、当院は夜間診療を続けています。仕事が終わってからでも来られるという安心感を患者さんに提供するため、夜診を行うことはとても重要だからです。
紹介状なしでいつでも来られるという姿勢も貫いています。困ったときにすぐ来られる病院が、地域にとって非常に必要な存在だと信じているからです。
さらに、院内処方も続けています。院内処方は病院としては負担となる場合もあるのですが、患者さん目線で見ると病院内の薬剤師から直接、薬の説明を聞けるうえに、院外の薬局よりも費用が少し抑えられるというメリットがあるからです。
これらの採算性は決してよくはありません。私たちは、先ほど述べたように医療法人全体で対処してきましたが限界を超えています。ただ地域の皆さんに医療の安心を提供するための取り組みをさらに続けて追求しています。
救急や急性期の治療が終わった患者さんが、リハビリや療養といった医療を受け持つ後方支援の医療機関へスムーズに移行しにくいという点も、地域医療の大きな課題です。
この移行がスムーズにいかないと、急性期病院では次に救急や急性期の医療を必要とする地域の患者さんを受け入れられなくなってしまいます。
スムーズな移行を難しくしているのは、単に後方支援の医療機関が足りないという需給の問題だけでなく、患者さんの居住区やご家族の選択や都合という問題もあります。
救急や急性期医療を提供している病院は、ご本人やご家族が希望される施設や、住み慣れた地域への在宅復帰を最大限尊重します。すると、希望される転院先や介護施設に空きがなかったり、必要な受け入れ調整に時間を要したりすることが多いため、結果として次の療養先への移行に時間がかかってしまうことがあるのです。
また、病院がそれぞれ「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」といった役割を専門化し、患者さんがスムーズに各医療機関へ行けるように連携する「機能分化」が、国の施策として推進されています。しかし、移行の過程でどうしてもスムーズに行かず、患者さんやご家族が不安な思いをするといった状況が出てきてしまいます。
この問題への対処法として、私たちは法人として「シームレスなヘルスケアインテグレーション」という考え方を追求してきました。つまり、法人全体でスクラムを組み、患者さんやご家族を不安にさせない体制を緻密に作るのです。
実際私たちの法人では、巽病院に救急の患者さんがいらっしゃったら、その後の急性期から回復期、療養、そして在宅医療も含め法人のスタッフが患者さんとご家族に寄り添い、安心していただけるよう選択肢を提示しています。
これにより、外へのスムーズな移行を最優先しつつも、それが難しい際には法人内のリソースで患者さんの安心を担保しています。また、このような動きをすることで、急性期の病床をなるべく早く空け、次の患者さんを受け入れられるようにもしています。
現在、ここ池田市周辺だけでなく、日本全国で病院経営の現状は厳しいものがあります。だからこそ地域の皆さまには、普段からその存在を支えて応援していただきたいと願っています。
その声は各地の病院の経営の困難さを乗り越える力となり、また私たち医療者が地域の皆さんに提供する医療もよりよいものになるでしょう。
これからも現在の日本の医療を質高く提供できるよう、繰り返しとなりますが地域にお住まいの皆さんはぜひ、応援の声を挙げていただくようお願いいたします。
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