札幌美しが丘脳神経外科病院 理事長 髙橋明先生
日本の医療現場は今、「人手不足」「スタッフの業務過多」「医師の働き方改革」といった数多くの課題に直面している。その解決策として期待されているのが、デジタル技術を活用した「医療DX(デジタルトランスフォーメーション)」だ。
しかし、多くの病院ではコストや運用の問題から導入が思うように進んでいない。医療DX導入を先進的に行っている札幌市清田区の札幌美しが丘脳神経外科病院の理事長、髙橋 明(たかはし あきら)先生に、医療DXの現状や課題解決の最前線を伺った。
日本の多くの医療機関が直面している課題として、「人手不足」、そして「スタッフの業務過多」があります。それに加え、国の方針として2024年から「医師の働き方改革」が始まり、医師の労働時間短縮を求められている中で、現場の仕事量はむしろ増えているのが実情で、働き方改革の実現に多くの医療機関が苦労しているのではないでしょうか。
この状況を乗り越えるには、今までどおりのやり方では難しいでしょう。たとえば、これまでの医療現場で当たり前だった電話や口頭での情報共有は、「言った」「言わない」というすれ違いが起きたり、情報の伝達に時間がかかってしまったりで、どうしても非効率な面がありました。そういった一つひとつの非効率の積み重ねが、スタッフの貴重な時間を奪ってしまう原因になっていたと認識しています。
こうした課題を解決するためには、DX、つまりデジタル技術の活用がとても有効だと考えています。DXが持つ大きな役割は、何といっても情報共有をシンプルにして、時間を節約できることだと思います。何かを確認したり、誰かに伝えたりするためにスタッフがあちこち動き回る必要がなくなれば、その分の時間を患者さんと向き合うために使えます。これはスタッフにとっても、患者さんにとっても、すごくよいことでしょう。
また、病院の経営という視点で見ても、「時間」は人や物、お金と並んで非常に重要な資源です。情報を短時間で正確に行き渡らせることができれば、次の仕事にすぐ取りかかれます。特に私たちの病院のように救急の患者さんを多く受け入れる施設では、この時間の節約が、より多くの命を救うことにも直結します。
当院は、2020年の7月に札幌市の清田区で開院した新しい病院です。開院の時点で、これからはDXが病院経営の要となると感じ、DX導入には力を入れました。
私が目指した病院のイメージは、昔から好きなSF映画の『スター・トレック』に出てくる宇宙船エンタープライズ号です。端末に話しかけるだけで情報が共有されたり、音声がテキストとして記録されたりする、そんな未来の病院を思い描いていました。
そのイメージを元に、実際に当院では情報共有の手間や時間を大幅に減らす仕組みを導入しています。たとえば救急患者の受け入れの際の情報共有は、これまでは救急隊から要請の電話があると、まず事務スタッフがそれを受け、次に医師を探して電話をつなぎ、そこからさらに看護師や関係各所に電話で伝達するという流れでした。これではどうしても時間がかかってしまいます。
当院では現在、救急隊から医師が患者さんの情報を聞いた後、スマートフォンに「65歳男性、意識障害、救急搬送されてきます」と話しかけるだけ。この音声のみで必要な情報が全部署に一斉配信されます。これによって患者さんが到着するまでの準備が非常に効率的にできるようになっています。
このような運用を行うにあたり、重要なのはスタッフが全員、情報端末として同じ種類のスマートフォンを持っていることです。そうすることでスタッフ間のスケジュール確認も同じカレンダーで共有でき、電子カルテを開かなくても「今、先生は手術中だな」と一目で分かり、無駄な電話をかけることもなくなりました。また、患者さんのお薬についてもわざわざ文字入力をするのではなく、スマートフォンで写真を撮ってそのままカルテに登録します。写真なので拡大すれば薬の名前もはっきり見えますし、入力の手間が省けるのでとても効率的です。
院内の会議もペーパーレスになりました。事前に共有フォルダへ資料を入れておけば、各自が手元のスマートフォンで確認できるからです。紙の資料だと紛失してしまうこともありますが、デジタルデータならその心配もありませんし、いつでも過去の資料を簡単に見返すことができて便利です。
患者さんにとっても、DXの導入はメリットが多いといえます。当院では病室に、患者さんの状態を示すQRコードを掲示しており、スタッフはそれをスマートフォンで読み取るだけで電子カルテを開くことなくさまざまな情報を得ることができるようになっています。これによりスタッフから患者さんへの説明がスムーズにできたり、移動の際に「この方は歩けるのだな」といった情報を間違いなく利用できたりすることで、当院への信頼感も向上させることができています。
さらに、患者さんへのさまざまな説明もスタッフが共通の資料をスマートフォンから見て行っています。このため、患者さんに対して病院全体で重複や漏れなく一貫した説明ができるようになっており、患者さんの不安を取り除く一助となっているのではないでしょうか。
もちろん、こうした仕組みを導入した開院当初は、スタッフから「慣れていなくて使いづらい」という声がありました。ですが、使い慣れてくるとその便利さが分かってきて、今では「もうこれがないと仕事にならない」という反応に変わっており、日々業務の効率化が進んでいます。
結果として、当院ではより多くの患者さんを受け入れられるようになっており、たとえば現在、年間で約1200件超の救急搬送を受け入れているところを(2024年実績)、2026年は2000件を目標に掲げるまでになっています。
医療DXは、地域で困っている患者さんを一人でも多く受け入れられる環境を整え、安心して医療を受けられる仕組みを加速させます。私たちの医療DXへの取り組みが、いつか他の医療機関の参考にもなれば嬉しく思っています。
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