メディカルノートでは、災害時の糖尿病管理について基礎的な内容を配信しています。ぜひご覧ください。
公益社団法人日本糖尿病協会のサイトでは「災害時に糖尿病患者さんに気をつけていただきたいこと」をまとめたページを公開しています。
災害時に糖尿病患者さんに気をつけていただきたいことをまとめました。
糖尿病の患者さんにはできるだけ被災前と同様に治療を継続していただきたいのですが、直後は混乱の中、経口血糖降下剤の内服やインスリン注射が困難なことがあります。避難の際に薬を持ち出せなかった方や手持ちの薬を切らしてしまった方は、困っていることを隠さずに、周囲の方に助けを求めるようにしてください。
ただし1型糖尿病の患者さんに関しては、インスリンが切れないよう迅速に入手の手段を講じる必要があります。
また、非常時に限っては注射針を繰り返し使ったり、消毒用アルコールがなくてもインスリンを打つことはやむを得ませんが、使いかけのインスリンカートリッジを貸し借りすることは厳禁です。血液からの感染防止のため絶対に避けてください。
また近くに病院・薬局があれば、保険証がなくても対応してもらえる場合がありますので相談するとよいでしょう。お薬手帳を持っている方は必ず持参してください。
どうしても無理な場合には避難所を管理している行政の担当者を通じて保健所に状況を伝えてもらうなど、少しでも動いてくれそうなところには積極的に声をかけるようにしてください。
2型糖尿病の方が服用する内服薬のうち、aグルコシダーゼ阻害薬、ビグアナイド薬、チアゾリジン誘導体、SGLT2阻害薬などは休薬しても急に病態が悪化する危険は少ないので、まずあわてないようにすることが大切です。
スルホニルウレア(SU)薬や速効型インスリン分泌促進剤は食事量によって加減の必要がある場合があります。インクレチン製剤は食事がとれる状況ならば通常どおり服用もしくは注射します。
糖尿病の方は血糖値が高めの状態になれば体調も当然悪くなります。しかし低血糖になると昏睡・けいれん・脳の障害など、より重い症状に陥り場合によっては命の危険もあります。ですから少なくとも低血糖にならないことを優先し、ある程度高めの血糖値でもやむを得ないと考えます。
不規則な食事や生活環境の変化は血糖値のコントロールにも大きく影響するため、私たち医師は被災前の治療状況がわかっている場合でも薬の量を減らしたり、違う薬に変更するなどして対応する場合があります。
患者さんご自身で判断せざるを得ない場合、物資の供給や体調の問題で十分に食事が取れないと思われる状況であれば、服薬をやめるという調整も必要です。食事が不十分なのに薬をいつも通りに服用すると、効きすぎて低血糖を起こしてしまいます。
これは災害時に限らず、シックデイ・ルール(体調が悪いときに服薬を調整すること)として日頃から注意すべきことです。ただし、1型糖尿病の患者さんはこの限りではありません。たとえ体調が悪くて食べられないとしてもインスリン注射は必要です。血糖値を測れなくてもふだんの生活を思い出しながらご自身の体調と照らしあわせて、予測しながら注射をするようにしてください。
私たちが東日本大震災の後に巡回診療を行っていた時にも、用意していた薬が足りなくなり、処方を工夫して別の薬に切り替えたりしたことがあります。しかしそれは医師の判断のもとで行わなくてはなりません。
病院からの処方薬を患者さん同士で分け合ったりすることは基本的にはおすすめできません。同じ糖尿病であっても、個々の患者さんの病態によって異なる薬、異なる内服用量が処方されています。安易に他人の薬を飲むと、効きすぎたり思わぬ副作用が出ることもありえます。
糖尿病治療の基本は食事と運動ですが、災害発生直後は食べ物が充分に調達できなかったり、避難所で配給があったとしても、パン・おにぎり・カップラーメンなどの炭水化物や塩分の多い食品ばかりで血糖や血圧の変動が大きくなることが予想されます。
また、実際に東日本大震災後の避難所巡回診療では、次のような声が多く聞かれました。
「食べ始めても、いつ余震がくるか心配で、食べる気がしない」
「昼は朝の残りを食べている」
「配給食はふだん食べていた量より多いが、もったいないし、余分なゴミや洗い物を出さないように無理して全部食べている」
このような状況を少しでも改善するためには、援助物資が届けられ、たんぱく質が豊富な食材や野菜が使えるようになったら、それらをできるだけバランスよく摂るようにしたいところです。過去の震災では避難所に新鮮な食料品が届いていても、調理や配布が困難なため放置され、食べられなくなってしまうこともありました。せっかくの支援が無駄にならないよう、なんとか工夫して活用していただきたいと考えます。
また、食後高血糖を起こさないためには「残す勇気」も必要です。食事を残すのが心苦しいのであれば、一緒にいる家族何人かで分けあって食べるのもひとつの方法です。周囲の方々にも病気のことを伝えて、理解していただくようにしましょう。
避難所では一人ひとりに十分なスペースもなく、夜間に十分な睡眠がとれないことなどが相まって、特に高齢の方は昼間でも寝ている時間が多くなりがちです。散歩や軽いストレッチなどの適度な運動は、血糖コントロールのためにもストレス解消にも役立ちます。
特に車の中などで窮屈な姿勢を続けたため、深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群、ロングフライト血栓症)を起こしている方もいるので注意が必要です。支援物資に弾性ストッキングがあれば着用するのもひとつの方法ですが、まずこまめに体を動かすことを心がけましょう。
ただし、普段より少なめの食事しかとれていない状態で作業や自宅の片付けを行うと、低血糖になることもありますので無理は禁物です。
避難所のような狭い場所に大勢の方が暮らす環境では、感染症の流行が問題となり、うがいや手洗いによる自己防衛が重要です。糖尿病の方はいったん感染症にかかると重症化しやすいので特に注意が必要です。
また糖尿病の方はただでさえ脱水になりやすいので、十分な水分摂取が必要ですが、トイレの場所が遠いことやトイレ環境が悪くてあまり行きたくないなどの理由から、水分を控えてしまう方が多くいらっしゃいます。飲料水が十分確保されている場合には、水分を積極的に摂るようにしてください。
過去の震災では、自宅の片付けやがれきの撤去作業の際、釘の踏み抜きや粉塵の吸い込みが問題となっていました。運動にしろ、片付けにしろ、底の厚い履物とマスクの着用をおすすめします。
避難生活が長期化すると心身の疲労が蓄積します。また不眠や肉体的・精神的ストレスは血糖を上昇させたり、逆に食欲を低下させたりして、血糖値が不安定になります。
災害により大切な人や物を失った方たちにとって、その悲しみ、寂しさははかりしれないものがあります。survivor’s guilt(サバイバーズ・ギルト)といって、災害で生き残ったことに罪悪感を覚える方も少なくありません。私自身、診察をしながらそういった方々のお話をうかがって涙が止まらなかったこともありました。
辛くなったときにはひとりで抱え込まず、周りの人に話すことで気持ちが楽になることがあります。また、必要なときに早めに専門家に相談できるよう、相談先を知っておくことも大切です。
【記事監修】山王病院内科副部長 岸本美也子先生
山王病院内科部長の岸本美也子先生は1995年の阪神・淡路大震災で被災され、そして2011年の東日本大震災では医師として地震発生後に被災地に赴き、避難所を巡回して行った診療などの医療支援をもとに、災害時の糖尿病診療における課題を「Journal of Diabetes Investigation」オンライン版に報告されています。
(http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jdi.12025/full)
山王病院・国際医療福祉大学 内科部長 (糖尿病・代謝)・ 国際医療福祉大学 講師
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