食事と運動療法だけで“糖のながれ”を是正することができない糖尿病の患者さんには、薬剤を用いた治療が必要となります。現在使用されている糖尿病の治療薬は大きく8種類に分けられますが、これらを「肝臓のブドウ糖取り込み率を高め、食後の血糖応答を正常化する」ように巧みに活用することが大切、と順天堂大学大学院医学研究科特任教授の河盛隆造先生はおっしゃいます。本記事では、健康な“糖のながれ”を再現するための薬剤使用とその根拠について、河盛先生にお話しいただきました。
1972年に私はイヌを用いてあとで使用してくださいを行い、これをヒトに勘案して健常人のインスリン分泌動態を再現しました。この結果は現在海外でも引用されるようになっています。体重60kgのヒトの場合、夜間絶食時でも膵から毎時間約1単位のインスリンが分泌され、肝・ブドウ糖放出率と全身細胞・ブドウ糖取り込み率を一致させ正常血糖値を維持します。摂食時、血糖値が上昇し始めると直後の10分に4単位、次の20分で4単位、その後の60分で6単位程度のインスリンがタイミングよく分泌されます。毎日50~100単位ものインスリンが分泌されているのです。
インスリンの働きが高い例ではインスリン分泌は少量で十分ですし、肥満や運動不足でインスリンの作用が低下している状況ではインスリン分泌量は増加せざるを得なくなります。2型糖尿病患者では、一例一例、その時々でインスリン分泌状況、インスリンの働きの程度が変動しますが、一般的にはインスリン分泌が過小になっていることが多いでしょう。2型糖尿病治療は、僅かな内因性インスリン分泌を最大限活用し、いかに肝でのブドウ糖処理を高めるように実践するのか、ということである、といえます(図3)。
前述のように、2型糖尿病では、食事摂取時の血糖値上昇に遅延して、かつ少量しかインスリンの分泌がみられません。さらにインスリン作用の低下からグルカゴン分泌が抑制されずむしろ上昇するため、肝・ブドウ糖放出率は抑制されず、肝・ブドウ糖取り込み率は高まらないことから、ブドウ糖は全身に回り血糖値を顕著に高めます。
そこで、
【1】肝への急激なブドウ糖流入を緩やかにする:広く用いられているα-グルコシターゼ阻害薬は、アミラーゼやマルターゼなどの炭水化物分解酵素の働きを阻害し、肝へのブドウ糖の流入を緩やかにする、かつ次の食前にもブドウ糖を吸収し続けていることから、SU薬などによる食前低血糖のリスクを軽減する付加価値が認められています。
【2】肝におけるインスリン作用を高める:肝に流入するわずかなインスリンの働きを高める作用がメトホルミンに認められます。ピオグリタゾンは内臓脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンの肝での作用を高め、脂肪肝の改善や肝でのインスリン作用を高めるのに有効です。
【3】インスリンを速やかに肝に供給する:SU薬やグリニドなどのインスリン分泌促進薬を緻密に使用する必要があります。
【4】食事摂取時に肝の門脈―肝静脈でのブドウ糖濃度勾配を大とする:各食前の血糖値を正常域に低下させておくことが必須です。
【5】グルカゴンの分泌抑制と肝でのグルカゴン作用を抑制する:現在日本で約500万人に使われているDPP-4阻害薬は、食事刺激による消化管ホルモンの働きを高め、食事摂取時のグルカゴン分泌を抑えます。その結果、門脈内のブドウ糖・インスリン・グルカゴンのカクテルの比率が変化し、その結果として肝・ブドウ糖放出率を抑制し、肝・ブドウ糖取り込み率を高め、その結果として食後血糖応答を改善することを私どもは証明することができました。
さらに60年臨床に広く用いられているメトホルミンが、流入するグルカゴンの肝でのシグナルをブロックして肝・ブドウ糖放出率を抑制することが3年前に解明されたのです。
図に表しましたように、病態に応じて的確に薬剤を選択し、必要なら巧みに併用することにより、1+1が3、1+1+1が6にもなる効果を発揮しているのです。食後高血糖を解消していると、インスリン分泌が改善し、その結果夜間の血糖値も正常化されることが臨床の場でしばしば観察されます。
しかし、この筋書きが成り立つのは、内因性インスリン分泌が軽度であれ保持されていることが必須条件です。すなわち、この効果を発揮させるためには、今まで考えられていたより、より早期から開始すべきではないでしょうか。
前述の経口糖尿病薬を組み合わせて治療しても、インスリン分泌が過小であり、血糖応答を改善できない場合には、インスリン注射療法が必須になります。
しかし、インスリン製剤や注射器が進展した現状においても、インスリン注射療法では、健常人の“糖のながれ”を再現することはできない、ということを認識しておく必要があります。残念ながら肝に直接的にインスリンを供給することができず、末梢組織に投与していることから、“糖のながれ”を再現するわけではないからです。しかし、“足らない”時間帯に、 “足らない” 内因性インスリン分泌量を、“過不足なく”補充し、その結果として血糖応答の正常化をもたらすことができるのが、インスリン注射療法です。
その結果として、「高血糖毒性」(高血糖が続くことでインスリン分泌および働きが悪化し、更なる高血糖を招くという悪循環)を解除し、インスリン分泌能を回復させ、安定した血糖応答を維持したいものです。現実に、“切り札を温存しない”で、24時間にわたる基礎インスリン分泌の代替を持効型インスリン製剤で、食事摂取時の素早いインスリン需要を超速効型インスリン製剤で緻密に補充することが必須です。正常血糖応答を持続していると、内因性インスリン分泌が回復し、インスリン療法から離脱しうる症例が激増しています。
何故、症状もない軽度の高血糖状況を放置してはいけないのでしょうか。筆者らは、分子、細胞、動物のレベルの研究で、①インスリンの働きの低下は膵β細胞の autophagy を高め、代償性にインスリン分泌を高めるが、その状況が継続すると膵β細胞は apoptosisをおこしてしまうこと、②軽度であれ高血糖が膵β細胞のZnT8タンパク活性を低下させ、Znを中心とするインスリン6量体の形成が不良となること、すると産生されたインスリンは肝で高率に分解を受け、末梢血中インスリンレベルが低下し、さらなる高血糖を招くこと、③軽度高血糖による膵β細胞内酸化ストレスが転写因子、PDX1 や MafA の活性を低下させ、インスリン産生を不可能にすること、など証明してきました。臨床の場でも、軽い高血糖を放置しないことが求められます。
糖尿病患者さんの病態は一例ごとに異なるため、医師は一人ひとりの状態にとって最も適した治療薬を選択し、時には組み合わせて使用しています。この理由や根拠を患者さん自身に理解してもらい、納得して治療に応じてもらい、血糖応答の正常化をめざすことが大切であると考えます。
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