遺伝的な要素や生活習慣の乱れによって生じる2型糖尿病。糖尿病は、心臓病や腎症、網膜症、足の壊疽などの恐ろしい合併症がよく知られているため、診断されると肩を落としてしまう患者さんも少なくありません。
しかし、長年糖尿病の治療に尽力してきた出雲先生は、「正しく治療・管理すれば糖尿病はコントロールでき、合併症は予防できる」と言います。
今回は出雲 博子先生に、糖尿病治療に対する思いや理念についてお話を伺いました。
糖尿病と診断されると、大きなショックを受ける方も少なくありません。私は、これにはさまざまな理由があると思っています。
まず1つは、患者さんが糖尿病を一生治らない病気だと思っていることです。確かに糖尿病の治療は「手術で悪い部分を切除すれば終わり」というものではなく、長期的な治療と管理が必要です。しかし、糖尿病を専門とする医師を受診し適切な治療と管理を続ければ、初期の2型糖尿病は治る可能性もあります。また、進行した2型糖尿病も悪化させずに過ごすことが可能と考えています。
もう1つは、糖尿病にかかると将来必ず重篤な合併症が生じると思っていることです。もちろん糖尿病に罹患して血糖値の高い状態を長期的に放置してしまえば、腎不全に陥り透析療法が必要となるなど、さまざまな合併症に悩まされることになります。しかし私は、現代の医学をもって適切な治療と管理を行えば、多くの場合で重篤な合併症を予防できると信じています。
さらにもう1つの原因は、糖尿病にかかると厳しい食事制限や運動療法を強いられ、自分らしい生活ができなくなると思っていることです。2型糖尿病は遺伝的要因のほか、生活習慣の乱れが原因となって生じますから、病気の悪化を防ぐために生活習慣の改善は不可欠です。
しかし無理な制限をして、患者さんが「何のために生きているのか分からない」と思うようになってしまうのでは治療も長続きしませんし、“よい人生”とはいえなくなってしまうのではないでしょうか。私はそれぞれの患者さんが「これならできる」と思う改善方法を一緒に考えることも、糖尿病を診る医師の務めの1つだと思っています。
私はこのように患者さんに寄り添い、末永くよい人生を歩めるようサポートしたいという思いで、日々の診療にあたっています。
私が糖尿病の患者さんの診療で特に心がけていることは、患者さんとの信頼関係を築き、どんなことでも話してもらえるような関係になることです。長期間の治療・管理が必要な病気だからこそ、患者さんが「また来たいな」と思えるような外来診療を行う必要があると思っています。そのために、私は診療の際に患者さんを責めない・疑わないことを大切にしています。
たとえば、患者さんの血糖値が前回の診療よりも上がっていた場合、私は患者さんの生活習慣を責めたり疑ったりする前に、ほかの理由を考えるようにしています。
虫歯やけが、ストレス、寝不足などによっても血糖値が上がるので、「虫歯やけがはないですか?」と聞いてみたり、「ストレスを感じるようなことはありませんでしたか?」「最近、よく眠れていますか?」などと質問してみたりすることによって、血糖が上がってしまった理由を一緒に考える時間を作るようにします。
これによって、患者さん自身も気付かなかった理由に気付けることがありますし、仮に「食べすぎてしまった」など生活習慣が思うようにコントロールできなかった場合でも、患者さんが素直に申告してくれるようになります。このように患者さんが心を開いてくれると、正しい判断、正しい治療につながります。
どんな方でも、医師から頭ごなしに「甘いものを食べたでしょう?」などと責められたり疑われたりすれば嫌なものです。医師に本当のことを言いづらくもなります。信頼関係が破綻すると患者さんから正しい情報が得られなくなるため、医師も正しい判断をしたり、ふさわしい薬を選んだりすることが難しくなります。
糖尿病の治療や管理は決して楽なものではないかもしれません。食事の制限などによって思うように生活できなくなったり、忙しいなかで運動する時間を作らなければならなくなったりして、精神的・肉体的に負担を感じている方もいることと思います。
しかし、私は糖尿病だからといって何でも我慢しなければならないとは思っていません。その患者さんができる範囲のことを継続していけば、必ず改善が期待できると考えています。
血糖コントロールおいて、食事療法・運動療法は非常に大切です。また同様に大切なのは、適切な糖尿病薬の使用です。食事と運動だけで血糖コントロールができれば、それに越したことはありません。しかし、それだけではうまくコントロールできない患者さんに対しては、薬でコントロールすることが大切です。
近年では糖尿病に対する治療薬も飛躍的に進歩を遂げ、実に多くの糖尿病治療薬が登場しました。多彩な種類の治療薬が登場することは、治療の選択肢が増えるという意味では非常に喜ばしいことなのですが、一方で種類が増えたことにより、医師にとっては薬の選択が難しくなった側面もあります。その結果、その患者さんに合った治療薬が処方されないことにより、「薬を飲んでもよくならない」という残念な状況に陥ってしまうこともあるのです。
自分の病状に合わない治療薬を飲み続けることにより、血糖がうまくコントロールできないだけでなく、著しい低血糖によって突然意識がなくなってしまうなどの悪影響が生じる方もいます。
そもそも糖尿病という病気は、“糖尿病”という単一の名前がついていても、一人ひとり血糖が高くなる理由が異なります。インスリン(血糖値を一定に保つ役割を持つホルモンの一種)の分泌量が少ないために血糖が上がっている人もいれば、インスリンの分泌量が多すぎて状態が悪いという人もいます。インスリンの分泌量は正常でも感受性が悪く、インスリンがうまくはたらかないことによって血糖が上がる人もいます。
また糖尿病にかかってしまった背景も、遺伝的要因が強いのか、どんな生活習慣が影響しているかなど一人ひとり異なります。医師はその原因を見極めて治療薬を検討し、血糖の状態に応じて逐一治療薬を検討し直す必要があります。そのため、糖尿病の薬の選択は経験のある糖尿病を専門とする医師に任せることがすすめられます。
患者さんに適切な薬を選択するためには、まず患者さんの話をよく聞くこと、今までの治療の経過をよく知ること、肝臓や腎臓の機能をよく知ることが大切です。また必要に応じて、患者さん自身のインスリン分泌量やインスリンに関する感受性を血液検査で確認する場合もあります。
さらに、患者さんの社会的背景にも目を向け、高齢の患者さんであれば自己管理能力がどれくらいあるかを確認することも重要です。
順天堂大学 医学部 客員教授、聖路加国際病院 前内分泌代謝科 部長
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