富山大学附属病院 形成再建外科・美容外科 診療科長の佐武 利彦特命教授は、自己組織を活用した乳房再建術に取り組んでいらっしゃいます。今回は、実用間近と期待される、再生医療の技術を活用した最新の乳がん術後の乳房再建術について解説いただきました。
脂肪注入(遊離脂肪移植)による乳房再建とは、太ももの内側などから脂肪組織を吸引し、遠心分離で不純物を取り除くなどしてから乳房に注入するものを指します。
脂肪注入による乳房再建には、主に次のようなメリットがあります。
現在一般的に行われている方法には限界もあります。そのひとつは、注入した脂肪がすべて乳房に留まるわけではないという点です。
乳がん切除手術後の乳房再建で、不純物を取り除くなど、脂肪にある程度の加工を施して注入した場合(遊離脂肪移植)でも、生着率*は40~50%ほどです。また、採取した脂肪をそのまま乳房に注入した場合になると、その生着率はおよそ30~40%となります。つまり、採取・注入した脂肪の50%以上が生着しないというわけです。そのため、痩せていて脂肪量が少ない方の中にはデメリットと感じる方もいます。
生着率:注入した脂肪が乳房に留まる確率
脂肪の生着率は、脂肪に含まれる幹細胞の濃度によって変わってきます。脂肪に含まれる幹細胞の濃度が高いほど、生着率は高くなります。
幹細胞には、様々な細胞に変化する性質があります。自ら分裂して幹細胞を増やすこともできれば、脂肪や血管に変化することもできます。幹細胞を多く含む脂肪を乳房に注入すると、脂肪細胞が新たに生まれるだけでなく、乳房内で血管の生成が促進され、脂肪が留まり続けるために必要な酸素や栄養が供給されることになります。その結果、脂肪の生着率も向上するというわけです。
現在の新しい脂肪注入法では、脂肪中の幹細胞を再生医療の技術で人工培養し、それを付加した脂肪(培養幹細胞付加脂肪)が試験的に用いられています(2019年1月時点)。
幹細胞を抽出して脂肪に付加するという方法は以前から行われていましたが、この方法には大量の脂肪が必要でした。一方、前段でご紹介した方法なら「培養」というプロセスを経るため、幹細胞の抽出に必要な脂肪量はごくわずかで済みます。
【幹細胞の人工培養】
20cc程度(おちょこ1杯程度)の少量の脂肪を採取し、そこから幹細胞だけを抽出して、約1か月かけて培養します。幹細胞の人工培養は、厚労省が認可した専門施設で行われます。
【注入する脂肪への培養幹細胞の添加】
乳房に注入するための脂肪を改めて採取し、培養した幹細胞を混ぜることで、培養幹細胞付加脂肪となります。
先述の通り、吸引した脂肪組織から不純物を取り除くなどした組織を乳房に注入する場合、注入した脂肪の生着率が決して高くはないという課題があります。一方、培養幹細胞付加脂肪を用いる場合であれば、「培養」というプロセスを経るため、幹細胞の抽出に必要な脂肪量はごくわずかとなります。したがって、脂肪量の少ない痩せ型の患者さんでも無理なく受けられます。
脂肪注入による乳房再建は、通常複数回の注入を経て完成します。
その点、培養した幹細胞は小分けにして凍結保存できるので、注入の度に培養する必要はありません。初回に培養しておけば、あとは通常の脂肪注入法と同じ手順で再建手術を受けていただくことができます。
幹細胞は、脂肪の生着を助けるだけでなく、放射線治療後の硬くなった皮膚の修復にも好影響を与えることがあります。放射線治療の影響が皮膚の状態にも及んでいる場合、不純物の少ない脂肪を注入しても根付きにくいという課題点があります。このような課題を抱えている場合でも、幹細胞を多く含んだ脂肪を注入することで、皮膚が柔らかさを取り戻すことがあります。
もし皮膚状態に改善がみられれば、脂肪注入による再建は難しくても、インプラントを用いた再建なら可能というレベルにまで回復するということもあり得るでしょう。
培養幹細胞付加脂肪を用いた乳房再建術の課題は、何と言っても症例数が少ないということです。現時点では、十分な実績がないため、有効性と安全性の検証が十分にはなされていません。とはいえ、美容豊胸の分野ではすでに実用化が進んでおり、一定の成果をあげていることも事実です。今後臨床経験を重ねていくことができれば、乳房再建の主力手術として十分に期待の持てる技術になるかもしれません。
富山大学附属病院 形成再建外科・美容外科 診療科長/特命教授
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