糖尿病は体の中でインスリンが十分にはたらかなくなる病気です。現在では、2型糖尿病を一度発症すると完治することはないといわれているものの、早期に適切な治療を始めることで、薬を使用しなくてもよい状態まで血糖値を改善できる可能性があります。今回は、二田哲博クリニック姪浜 副院長 寺脇 悠一先生に、近年の2型糖尿病治療や診療にかける先生の思いについてお話を伺いました。
私たちの体では、“インスリン”という物質が作用して血糖値をコントロールしています。糖尿病とは、インスリンが体の中でうまく作用できなくなり、血糖値の高い状態が続いてしまう病気です。インスリンが作用しなくなる原因は患者さんによって異なり、インスリンの効き具合が鈍くなっている方もいれば、インスリンの分泌が減っている方もいます。
糖尿病の代表的な症状として、口や喉の渇き、尿の量の増加、体重減少などが挙げられます。ただし、このような症状はかなり血糖値が高くなった場合に起こる症状であり、多くの糖尿病患者さんは自覚症状がないことがほとんどです。そのため定期的な健康診断を受けることが糖尿病の早期発見につながります。
慢性的に血糖値が高い状態が続くと血管が傷つき、さまざまな合併症が引き起こされます。たとえば、目の網膜や腎臓、末梢神経などに症状が現れることがあります。
合併症・併存症の発症や進展を阻止し、糖尿病がない方と変わらない寿命や日常生活の質(QOL)の実現することが糖尿病治療の目標となります。そのためには、血糖値だけでなく、血圧や脂質なども良好な状態にコントロールし、適正体重を維持することが大切です。
厚生労働省による国民健康・栄養調査において、糖尿病の患者さんは、男性では40歳代から、女性は50歳代から増加すると報告されています。また、糖尿病が疑われる患者さんの中でも、特に男性で働き盛りの年代の方が治療を受けていないことが多くあります。合併症が現れるまでは自覚症状に乏しいことなどから、治療を中断してしまう方も多いと考えられます。
食事療法と運動療法は、2型糖尿病の患者さんの治療の基本となります。
食事療法は、カロリーをコントロールすることや三大栄養素(タンパク質・脂質・炭水化物)を過不足なく摂取すること、ゆっくり食べることなどを心がけてもらっています。ゆっくり食べることで、過食を防ぐことにつながります。また、野菜やたんぱく質を先に食べることで、主食から先に食べるよりも、血糖値の上昇を抑えられることが分かってきました。そのため、食べる順番も心がけてもらうと、より食事療法の効果が得られやすくなるでしょう。
運動療法としては、主に有酸素運動が効果的です。バスや電車で移動している方であれば、1駅分手前で降りて歩いたり、駅でエスカレーターではなく階段を使ったりすることを推奨しています。膝への負担が心配される高齢者の方には、水中歩行をおすすめしています。水中歩行は浮力で膝や腰への負担が軽減されるうえ、水の抵抗があるためより運動量も多く、心肺機能を改善させます。
糖尿病の治療薬には経口薬と注射薬があります。それぞれの患者さんにどの治療法を行うかは、日本糖尿病学会の“2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム”にまとめられています。先に述べたように高血糖が原因となる症状(口の渇き、尿量の増加、体重減少)などインスリンが絶対的に不足しているような症状がある場合にはインスリン注射を開始します。そのような症状がなければ体重への影響、肝臓や腎臓の機能、低血糖のリスクなどを考慮して薬を選択します。さまざまな薬の登場により日本の糖尿病患者さんのHbA1c値*は7%程度まで低下し、最近では併存症への有用性が示されている薬も増えています。
*HbA1c値:赤血球に含まれるヘモグロビンと血液中の糖がどれくらいの割合で結合しているかを示す検査値。過去1~2か月間の平均的な血糖値を反映する。
糖尿病治療の目標は糖尿病のない方と変わらない寿命とQOLの実現です。そのため血糖・血圧・脂質のコントロールだけでなく寿命やQOLの低下に直結する血管合併症・併存症の管理が重要になります。当院では血液検査のほか血管合併症・併存症の検査を定期的に施行しています。日本の糖尿病患者さんにおける死因は1980年代までは血管障害が多かったですが、1990年代以降悪性新生物(がん)へと変わってきています。糖尿病がある方のがん発症率は、糖尿病がない方よりも高いことが報告されています。がんの多くは症状が少ないため、がん検診を受けることが大切です。
2型糖尿病は、完全に治ることはないといわれています。ただ、早期発見・早期治療ができれば、薬を飲まずにコントロールできる状態は目指せます。最近の研究で、血糖値が正常近くまで改善しており薬の不要な状態となった方(糖尿病が“寛解”した方)が、一定の割合で存在することが分かりました。また、この条件を満たしやすいのは、糖尿病歴が短いことや、治療開始時のHbA1c値が低いこと、BMI(肥満度)が高いこと、1年間の体重減少が大きいこと、薬物療法を受けていないことが挙げられています。治療開始時のHbA1c値が低いということは、血糖値がまだ上昇する前にできる限り早く治療を始めることを意味していると思います。ただし先ほどもお話ししたように治癒したわけではありません。定期的な通院が必要となります。よく糖尿病と診断されて間もない患者さんから、「いつから治療を開始したらよいでしょう」と問われることがあります。先ほどの研究からも、治療を始めるなら今すぐであると、私は考えています。
高齢の糖尿病患者さんは、低血糖をきたしやすいことが分かっています。血糖コントロール目標も、高齢者は別途設けられており、インスリン注射を使用している方などは緩やかに設定されています。また、薬物有害事象などをきたしやすいことから副作用が少ない薬を選択します。
病院を受診する頻度は、可能であれば月に1回が望ましいと考えています。ただ、1人で通院するのが難しい患者さんなどもいらっしゃるので、患者さんによって通院頻度は異なります。患者さん一人ひとりの生活機能や認知機能を判断して、その方に適した治療法を提供するのが大切です。
なお、生活機能や認知機能を確認するためには、たとえばDASC-8(認知・生活機能質問票)を用いることが有用です。当院では、DASC-8のスコアが高い患者群は正常のスコアの患者群と比べて、身体機能の低下や血管合併症の増加などを認める例が多いことを報告しています(寺脇悠一ほか、日本病態栄養学会誌. 2024, 27:103-110)。
糖尿病の治療は、高血圧や脂質異常症などの生活習慣病よりも薬の種類が多く、治療が煩雑になりやすいことが課題だと感じています。加えて、ほかの生活習慣病と比較して食事や運動の影響も受けやすいので、食事・運動療法と薬物療法の両方を同時進行で行わなければなりません。
また、糖尿病の患者さんは先述のとおり、がん発症率が高くなることが研究で分かってきています。今後は網膜症や神経障害などの合併症だけでなく、がんの発症に対してもアプローチする必要があります。
日本においては、糖尿病の患者さんに対して怠惰や不摂生といったイメージがあるのも課題だと考えています。日本の人口が1億2,000万人ほどいるなかで、糖尿病がある方は1,000万人ほどと推計されています(2024年時点)。人口の12分の1が不摂生をしているかと言われたら、そうとばかりは言えないのではないでしょうか。生活習慣による原因もありますが、体質が関わっていることも大きいのです。ライフスタイルが全ての原因ではないということは、これから広まってほしいものです。
先ほど触れたように糖尿病の薬は進歩しており、今後、2型糖尿病の患者さんにおいて、インスリンの注射を使わずに血糖値を糖尿病がない方と変わらない程度まで改善できる方が増えるのではないかと考えています。
しかし薬の開発が進んでいる一方で、インスリン注射が必要である患者さんも一定数いらっしゃいます。インスリンの注射薬は、従来は毎日打つ必要がありましたが、一部のインスリン製剤では1週間に1回でよいものが今後発売予定です。広く普及していけば、高齢者や介護者の負担はかなり軽減される可能性があります。
糖尿病の治療は、自己管理が基本だと私は考えています。たとえば、がんや感染症などの病気は、手術や抗がん薬など、医師が主導になって治療方針を決めていきます。しかし、糖尿病は急性の病気ではなく慢性の病気なので、患者さん自身が主体となって、食事・運動療法や薬の管理をすることが必要です。そのため、医師としては、患者さんに自分自身の病気や治療に対して前向きに取り組んでもらえるよう、サポートすることが大切なのではないかと考えています。糖尿病は自覚症状が少ないため、命に関わる病気であることを認識しにくいからこそ、病気に対する患者さんの理解を深めることが重要だと思います。医師はあくまで、糖尿病治療に取り組む患者さんの伴走者なのです。
私自身は、学生時代から糖尿病の分野に興味があり、糖尿病内科に入局しました。実際にこの分野で診療を続けていて、患者さんから感謝の言葉をかけてもらえるときにやりがいを感じます。適切な治療を続けるうちに血糖コントロールがうまくいくようになった患者さんをみていると、病気に対して取り組むマインドが変わったのだなと感じてうれしく思います。
ある調査によると糖尿病患者さんの受診中断理由として多忙によるもの、治療の必要性を感じないことや経済的な理由などが挙げられています。そのため当院での取り組みとしては、まず待ち時間をできる限り短くするよう工夫しています。血液検査の結果は当日中に出るように体制を整えていますし、患者さんの待ち時間をスタッフ側のモニター画面に表示したり、どの患者さんが現在何の検査を受けているのかを管理したりすることで、よりスムーズな診療につなげています。さらに当院は医師だけでなく全てのスタッフが糖尿病の知識を有しており、治療の必要性を可能な限り分かりやすく伝えていくことを大切にしています。治療をためらっている患者さんは安心して通院していただければと思います。また経済的な懸念があれば薬の見直しを検討するようにしています。
2型糖尿病は、早期に治療することが非常に大切です。早期診断と適切な治療により、薬を飲まなくても血糖値をコントロールしながら日常生活を送ることができる可能性があります。“健康診断で糖尿病の疑いがあるといわれている”、“糖尿病と指摘されているのに治療ができていない”という方は、遠慮なくご相談いただければと思います。
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