
高齢化に伴い心不全の患者さんが増えています。心不全を完治させることは現在の医療では困難であるので、心不全について知識を得たうえで徴候に注意すること、原因疾患に対して適切に治療を行うことが重要です。たとえば、原因疾患の1つである心臓弁膜症は、近年カテーテル治療が進歩し、手術が難しかった方でも治療の選択肢が広がってきています。
今回は、心不全診療に長年携わってこられ、心不全の啓発活動にも力を注ぐ、かわぐち心臓呼吸器病院 副院長 佐藤 直樹先生に、知っておくべき心不全の症状や早期発見の重要性、心臓弁膜症の診断・治療などについてお話を伺いました。
心不全は、“心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気”と定義されています(2025年改訂版 心不全診療ガイドラインより引用)。心臓は冠動脈、心筋、弁、刺激伝導系、心膜という5つのパーツから成り立っています。冠動脈は心臓に酸素や栄養を届ける役割を持ち、心筋には心臓が縮んだり広がったりするポンプの機能があります。弁は血液の流れを一方向に保ち、刺激伝導系は心臓を規則正しく動かす信号を伝え、心膜は心臓を包んで保護しています。心不全は、これらのどこに異常が起こっても発症する可能性があります。
心不全の国内患者数は約120万人で、その数は高齢化とともに年々増加傾向にあります(2025年9月時点)。さらに、再入院率や入院後の死亡率が高いことも心不全の大きな課題であり、心不全で入院した患者さんの1年以内の死亡率は約20%とされています。また、心不全で入院した場合の予後は、がんの予後より悪いというデータもあります。しかしながら、こうした心不全の深刻さは一般の方にはあまり知られていません。心不全患者さんの中には、退院して症状が治まると服薬を止めてしまう方もいて、そうしたことも再入院率や死亡率の高さにつながっているのではないかと推察しています。
心不全のステージはA、B、C、Dに分類されます。
ステージA、Bは心不全リスクのある“隠れ心不全”の状態で、心不全を発症するとステージC、Dと段階を経て進行していきます。心不全の進行を阻止できる段階は4回あるといわれています。
ステージAは、高血圧や糖尿病、慢性腎臓病といった生活習慣病など、心不全の危険因子がある状態のことで、これだけですでに心不全に足を踏み入れていることになります。こうした生活習慣病にならないようにすることが、心不全予防の第一歩です。食事や運動などの生活習慣を見直し、定期的に健康診断を受けるようにしましょう。
生活習慣病をすでに指摘されていたら、適切な治療を受けて生活習慣病をコントロールしてステージBへの進行の予防に努めましょう。放置していると心臓への負担が大きくなり、気付かないうちに心臓に機能的・構造的な変化が生じる恐れがあります。生活習慣病を指摘されたときは、同時に心臓に問題がないか検査を受けることも大切です。
心臓に何らかの異常があるステージBの方は、心臓の治療をきちんと受けて心不全の発症を阻止しましょう。たとえば、過去に心筋梗塞や心臓弁膜症などの治療を受けて薬を処方されている方は、しっかりと飲み続けて、心不全の進展がないことを確認するために適宜検査を受けることが大切です。
心不全をきたしたステージCでは、薬物療法を行い、心臓にかかっている負担や機能に応じて薬の種類や用量を調整することが重要です。自覚症状が和らいできたからといって安易に薬を減らすと、心臓の状態がさらに悪くなって入院を繰り返しステージDに進んでしまう恐れがあります。そうなると治療選択肢が限られるため、進展を防ぐために医師の指導の下、適切な治療を受けていただきたいと思います。
皆さんに知っておいていただきたいのは「心不全を完治させることはできない」ということです。入院歴のある患者さんの中には「悪くなったらまた入院して治療すれば大丈夫だろう」と考えている方もいると思いますが、入退院を繰り返すたびに右肩下がりに状態は悪化していきます。そうしているうちに手の施しようがなくなってしまう恐れもあります。
一方で、心不全診療ガイドラインに準じた治療を適切に行うことで、心不全の進行は緩やかにすることができます。年齢とともに少しずつ進行していくのはやむを得ませんが、早期から治療介入することで右肩下がりに悪化していく曲線をなだらかにすることができるのです。
心不全の代表的な症状は、原因にかかわらず“息切れ・むくみ・だるさ”の3つで、それぞれ以下のような特徴があります。具体的な症状を知っておけば、早い段階で異変に気付きやすくなります。
息切れは4段階に分けられます。第1段階は、普段から徒歩で行っていた場所に行くときに途中で休みたくなるなど、動いたときの息切れの変化です。第2段階は前かがみでの呼吸困難です。靴紐を結ぶなど30秒程度前かがみになると苦しくなり、体を起こしたくなります。心不全に比較的特異的な症状で、肺水腫が始まっていると考えられます。第3段階では就寝してしばらくすると寝苦しくなったり、咳が出て息苦しくなったりして、体を起こすと楽になるという呼吸困難が現れます。体を横にしていると心臓に血液が戻りやすくなり、心臓がそれをうまくさばけないと肺にうっ血が起こり、体を起こすと少し元に戻るためです。これを放置してしまうと第4段階に移行し、寝ていても座っていても苦しくて仕方がなくなり、一刻を争う状態に陥ります。
息切れは肺の病気でも起こる症状で、患者さんに話を聞いてみると「心臓が悪いとは思わなかった」という方が多くいらっしゃいます。心不全でもこうした息切れや息苦しさの症状があることを知っていただき、特に生活習慣病のある方、心臓の病気の既往歴がある方は異変を感じたら早めに受診してください。
朝起きたときに脛を指で強く押すとへこみが残る“圧痕性浮腫”といわれるむくみがみられます。立ちっぱなし、座りっぱなしなどからくる足のむくみなら、横になっていれば重力の影響で改善されやすいのですが、起床時に強いむくみがあれば心不全や腎臓病などが疑われます。
心臓の血液を送り出す機能が低下して血の巡りが悪くなり、全身の臓器への血流が滞るために引き起こされます。だるくて動くのが億劫になるだけでなく、消化管の動きが鈍くなり、ガスがたまったり便秘がちになったりしてお腹が張る、食欲が低下するなどの症状がみられることもあります。ほかの病気でも起こり得ますが、動くのがつらくなったら、心臓の異変を疑って医療機関を受診されるとよいでしょう。
心不全の原因となる心臓の病気には、虚血性心疾患(心筋梗塞など)、肥大型心筋症、拡張型心筋症、心臓弁膜症、頻脈性不整脈、徐脈性不整脈、心外膜炎、心内膜炎などがあります。ほかにも、抗がん薬が心不全を引き起こす例もあるなど原因は多岐にわたりますが、ここからは原因の1つである心臓弁膜症についてお話しします。
心臓弁膜症は、心臓にある大動脈弁、僧帽弁、三尖弁、肺動脈弁という4つの弁に起こる病気です。それぞれ弁が狭くなり血液が流れにくくなる“狭窄症”と、弁がうまく閉じず血液が逆流する“閉鎖不全症”があります。心不全入院の約2割が心臓弁膜症によるものといわれており、特に心不全を引き起こす要因として多いのが“大動脈弁狭窄症”と“僧帽弁閉鎖不全症”です。

大動脈弁は左心室と大動脈の間にある弁です。大動脈弁狭窄症では、加齢に伴う動脈硬化による弁の石灰化などで弁が骨のように硬くなってうまく開かなくなり、左心室から大動脈への血液の流れが悪くなります。そのため、左心室に負荷がかかり、心不全の症状である息切れ、むくみ、だるさが現れます。また、大動脈のちょうど上のところから心臓を養っている冠動脈が出ているため、冠動脈を流れる血液が減って狭心症を起こし、胸が痛くなることもあります。大動脈から脳への血流が低下することにより、失神を起こす患者さんもいます。
僧帽弁は左心房と左心室の間にある弁です。僧帽弁閉鎖不全症になると、僧帽弁がうまく閉じず、左心室から左心房に血液が逆流してしまいます。弁の構造に問題がある一次性(器質性)のものと、何らかの原因で心臓が大きくなり弁が両側に引っ張られてすき間が開く二次性(機能性)のものがあります。
心臓弁膜症は心不全を起こして初めて見つかることもあれば、聴診で心雑音を指摘されて発見に至るケースもあります。生活習慣病などで定期的に医療機関を受診されている方は、聴診で心臓の音を聴いてもらうことで早期発見に結びつく可能性があるでしょう。
診断においては、聴診など身体所見のチェックに加えて、弁の状態や重症度などを詳しく確認するための “心エコー図検査(心臓超音波検査)”が必須となります。胸に超音波を出す機械を当てて行う“経胸壁心エコー図検査”だけでなく、より詳細に弁や心臓の状態を確認するために、食道に胃カメラのような機械を挿入して心臓を裏側から診る“経食道心エコー図検査”を行うこともあります。
心臓弁膜症は、弁膜症の種類や患者さんの状態に合わせて、外科手術やカテーテル治療、薬物療法などを行います。ここでは大動脈弁狭窄症と僧帽弁閉鎖不全症の治療法についてお話しします。
軽度の大動脈弁狭窄症であれば、心臓への負担を軽減させる目的で薬物治療を行います。ただし、これだけでは狭くなった大動脈弁を治すことはできません。心不全症状(息切れ・むくみ・だるさ)、胸痛、失神がみられるなど、ある程度進行していれば弁の治療を検討します。根本治療には“外科手術”または“経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)”があります。
外科手術では、胸の真ん中を切開して、機能が低下している大動脈弁を人工弁に置き換える手術を行いますが、近年は肋骨の間を小さく切開して行う手術もできるようになっています。
一方、TAVIはカテーテルを使って、大動脈弁を人工弁に置き換える治療法です。外科手術に比べて体にかかる負担が少なく済むため、手術のリスクが高い高齢者などに適した治療法となります。外科手術とTAVIのどちらを行うかについては、患者さんの年齢や活動性、手術リスクなどに応じて決定し、当院では75歳以上であれば基本的にTAVIを検討しています。
なお、TAVIは2013年に保険適用となった比較的新しい治療法であり、長期的な治療成績があまりなかったため、外科手術が難しい高齢者に限定して行われてきました。しかしTAVIの登場から10年以上が経ち、最近では長期成績が出そろってきており、外科手術と比べても遜色ないことが研究で明らかになってきていることから、将来的にはTAVIの適応年齢もだんだんと前倒しになってくるのではないかと考えています。
生まれつき僧帽弁に異常がある一次性の場合、外科手術で僧帽弁を人工弁に置き換える、または弁を修復する治療を行います。年齢などの関係で手術が難しく、心臓の機能が極端に悪化していなければ、カテーテルを使って僧帽弁を構成する2枚の弁をクリップでつまんで逆流を抑える“経皮的僧帽弁クリップ術”を検討する場合もあります。カテーテル治療後は薬物療法をきちんと行うことが予後改善のためには重要です。
一方、二次性(機能性)の僧帽弁閉鎖不全症では、心臓が拡大して弁が閉じにくくなっているため、まずは薬を使った心不全治療を優先します。これにより心臓をある程度正常な状態に近づけることができれば逆流が改善される可能性があります。それでも改善しない場合には適応を考慮して経皮的僧帽弁クリップ術が選択されることがあります。
心臓弁膜症を早期発見するためには、健康診断などの聴診で心雑音を指摘されたら、放置せず医療機関を受診してください。もしも心臓弁膜症が見つかった場合は、医療機関への受診と治療をしっかりと継続するようにしましょう。心臓弁膜症が心不全の原因になり得ること、心不全の症状に“息切れ・むくみ・だるさ”があることを知っておいていただきたいと思います。
また、心不全を早期発見するためには、心不全の重要な血液指標である“BNP”や“NT-pro BNP”の測定が有用です。一般的な健康診断で心臓を調べる検査としては、心電図や胸部X線検査がありますが、これらの検査で異常がみられたときには、すでに心不全が進行しているケースも少なくありません。BNPとNT-pro BNPは健康診断の測定項目に含まれていないことが多く、測定する機会が少ないため、もし気になる症状がある場合にはかかりつけの医師に相談してみていただくとよいでしょう。血液検査で心不全に気付ける可能性があることもぜひ知っておいてください。
長らく心不全の診療に携わってきたなかで、息切れ・むくみ・だるさの症状があっても、心臓の異変を疑う方があまりにも少ないことを課題に感じていました。そこで、健康に自信がある方も含め、多くの方に“心臓が悪くなるとどのような症状が出るのか”を知っていただきたいと考え、2014年にNPO法人日本心不全ネットワークを立ち上げました。心不全に関する情報発信のほか、患者さんやご家族を対象としたオンラインセミナーを毎月開催しており、心臓に関する疑問にその場でお答えすることもできます。1日約10万回も鼓動を打って私たちの体を維持してくれている心臓にもっと目を向け、心不全の早期発見に結びつけていただければと思っています。
また、日本心不全学会ではホームページに一般の方向けの“心不全手帳”電子版を掲載しており、ダウンロードもできます。心不全のサインや検査、治療などの情報が分かりやすく整理されていますので、知識を深めるためにぜひご活用ください。
近年、心不全や心臓弁膜症の治療は目覚ましく進歩しています。心不全では新しい薬がいろいろと登場していますし、心臓弁膜症はカテーテル治療の発展により治療の選択肢が増えてきています。そのため、早い段階で心不全や心臓弁膜症に気付いて対処すれば、つらい症状に悩むことなく生涯を送ることも十分に期待できると考えています。
また、現在かかっている医療機関では治療が難しいと言われても、新しい治療法によって改善を目指せる可能性もありますので、希望を捨てずに情報収集をしていただきたいと思います。私自身も、患者さんにとって有益な情報を今後も積極的に発信していきたいと考えています。そうした情報が心不全や心不全を引き起こす病気の早期発見に少しでも役立つことを願っています。
様々な学会と連携し、日々の診療・研究に役立つ医師向けウェビナーを定期配信しています。
情報アップデートの場としてぜひご視聴ください。
「心不全」に関連する病院の紹介記事
特定の医療機関について紹介する情報が掲載されています。
関連の医療相談が17件あります
心不全と腎臓透析との関係について
私の母親84歳についての相談です。7月から現在も入院中です。当初薬物療法で様子を観察して改善が無ければペースメーカーを埋め込むという治療方針を主治医に言われ了承し服薬しながら入院生活をしていたのですが、そのうち尿の出が悪くなり足のむくみが酷くなり肺に水が溜まり呼吸が苦しくなって酸欠による意識障害になり一命は取り止めたもののHCUという処に入っています。透析によって血液から水をひいて肺に溜まった水を抜く治療で回復し、現在は意識もハッキリし呼吸も少しの酸素を鼻から吸っている位で、会話食事も出来ますがまだ起き上がるのは無理です。透析をすると血圧が下がり腎臓の機能が低下して尿の出が悪くなりやらないと水が溜まって呼吸が辛くなる状態です。医師はシャントして恒常的に透析をしていくと言っていますが、それは何か違和感を覚えます?最初に示されたペースメーカーによる治療との整合性が無いように思いますが。そもそも心臓の治療で恒常的な透析と云うのは有りなのでしょうか?
今後の注意する事は?
2日前に、カテーテルアブレーションの手術しました。悪い所をすぐ、解り、1時間ぐらいで終わり、手術前の検査では、心臓が大きくなっていて、70パーセント完治と言われてましたが、80パーセント完治と言われ安心してます。軽度の、心不全にもなってますが、今後の生活では、注意する事ありますか?お酒は、一口も飲んだら、駄目なんですか?カフェインや、塩分はどうですか?又、この手術によって、心不全が良くなりますか?心不全は、生活習慣や、食事(塩分)の制限したり、薬で、完治しますか?今後、ずっと薬を飲み続ける生活ですか?まだ、54歳で、仕事は、パソコン等デスクワークですが、大丈夫ですか?車の運転はどうですか?今後の生活と、完治について教えてほしいです。
心不全の症状とは?
喋ると息切れがします。(階段登っても) 隠れ心不全のような疑いはありますでしょうか?ちなみに今週、胸部CTを撮る予定です。 CTでそのような兆候はわかるのでしょうか? 異常であれば、血液検査の値は、どのようにあらわれるのでしょうか?
母乳育児による心不全の進行影響有無
幼児の頃にファロー四徴症の心内修復術を受け、現在循環器内科にて年1回程度経過をみています。心雑音はありますが、特に問題はないと言われています。今回出産で大量出血し、ヘモグロビン値が低くなったため輸血を行いました。その後の入院中は点滴で鉄剤を投与され、退院後は内服で処方をされています。 退院時のヘモグロビン値は8とのことですが、母乳育児を続けることで貧血が続き心臓に負担をかけ心不全に繋がらないかを懸念しています。もし母乳育児が心臓に負担をかけるようであればミルク育児に切り替えるべきか教えてください。
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