インタビュー

間葉系幹細胞を用いた再生医療の可能性——肝硬変のみならず新型コロナウイルス感染症の治療にも

間葉系幹細胞を用いた再生医療の可能性——肝硬変のみならず新型コロナウイルス感染症の治療にも
寺井 崇二 先生

新潟大学 大学院医歯学総合研究科 消化器内科学分野 教授

寺井 崇二 先生

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この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2023年03月20日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

再生医療に用いられる間葉系幹細胞(かんようけいかんさいぼう)には、炎症や免疫を抑制する効果があります。最初に肝硬変に対する臨床治験(第1相試験)が行われてきましたが、これを基盤にして2020年現在、新型コロナウイルス感染症による重症肺炎に対する臨床治験(第2相試験)がスタートするなど、さまざまな病気への展開が期待されています。

今回は、間葉系幹細胞を用いた再生医療に携わっていらっしゃる新潟大学大学院医歯学総合研究科 消化器内科学分野 教授の寺井 崇二(てらい しゅうじ)先生に、間葉系幹細胞を用いた再生医療の現状と今後の展望についてお話を伺いました。

私たちが2017年より企業と共同で行っている肝硬変を対象とした他家脂肪組織由来幹細胞製剤の臨床治験は、第1相臨床試験における安全性の評価が終わりました。第1相臨床試験の結果から免疫抑制剤を使用することなく治療できることが分かったので、第2相臨床試験をスタートしています。これまでは細胞は1回の投与だったのですが、2020年からは頻回投与することで、より効果が期待できるか確認していきたいと考えています。

間葉系幹細胞は、骨髄や脂肪組織などから採取することができます。なかでももっともよく知られているものは、骨髄から採ってきた細胞だと考えられます。さらに治療では、患者さんご自身から採取した細胞(自家)を用いる場合と、ほかの方から採取した細胞(他家)を用いる場合があります。「肝硬変になった肝臓は再生可能? 他家間葉系幹細胞を用いた肝硬変の研究」で詳しくお話ししていますが、私たちも2000年から約15年間は、患者さんご自身の骨髄細胞から採取した間葉系幹細胞を肝硬変の治療に使用する研究を行っていました。

他家脂肪組織由来の間葉系幹細胞を用いる以前は骨髄細胞(間葉系幹細胞、マクロファージを含む)が肝線維化を改善し肝再生を誘導する作用を利用して、自己骨髄細胞投与療法の研究を行っていたのです。自己骨髄細胞投与療法で効果がみられる患者さんも確かにいらっしゃいました。しかし、全身麻酔を行ったうえで骨髄液を採取する必要があるなど、患者さんの体への負担が大きいという課題もありました。対象となる患者さんは非代償性の肝硬変でお腹に水がたまったような方ばかりです。そのような状態の方に対する全身麻酔にはリスクが伴います。麻酔薬は肝臓で代謝されるため、肝臓の状態が悪化すると全身麻酔が困難となり、治療自体行えなくなってしまいます。さらに、1回1回、患者さんに合わせて治療をカスタマイズするという個別性が大きく、患者さんごとに毎回緊張感の中で全身麻酔、細胞採取、細胞投与の治療を行わなくてはなりませんでした。

この研究をベースとして、他家の脂肪組織由来の間葉系幹細胞の研究を始めました。2020年現在は、他人の脂肪に由来する間葉系幹細胞の臨床治験を行っています。日本では、骨髄の提供は善意の下で行われているため、ほかの方から提供された骨髄の活用では十分に確保できず産業化の実現が難しいと考えました。より使用しやすいものと考え、美容整形の分野などで使用される脂肪組織由来の間葉系幹細胞がもっとも実用化しやすいのではないかと考えたのです。

また、他人の脂肪組織由来の間葉系幹細胞の投与であれば患者さん自身の全身麻酔も不要となり、体への負担もそこまで大きくないため、患者さんにとってもメリットが大きいと考えました。

さらに、他家の脂肪組織由来の間葉系幹細胞製剤は、融解し投与することが可能です。複雑な手順が不要となり、研究に携わっていない医師にも理解しやすい手順であるからこそ、現在は全国10か所程に治験施設を広げることができています(2020年11月時点)。

間葉系幹細胞を用いた治療は、今後さまざまな分野で発展していくと考えています。現在は主に肝硬変の臨床治験に使用されていますが、今後はほかの臓器にも展開が期待できます。

たとえば、2020年8月には、新型コロナウイルス感染症による重症肺炎に対する他家間葉系幹細胞を用いた再生医療の治験をスタートしています。新型コロナウイルス感染症による重症肺炎には、免疫系細胞から分泌されるタンパク質であるサイトカインが制御不能となるために、過剰に放出されるサイトカインストームの状態になることが関わっていると考えられています。前ページでお話ししたように、間葉系幹細胞には炎症を抑える効果が期待できるため、間葉系幹細胞を投与することでサイトカインを抑制し、サイトカインストームを起こさないようにすることで症状の改善が期待されています。

風邪をひいている老婆 写真:Pixta
写真:Pixta

再生医療の分野では、間葉系幹細胞をさまざまな臓器の治療に用いることができると考えています。患者さんに対して体への負担が少なく、大きな治療効果が期待できるからです。病態によって、免疫を抑制するために用いられることもあれば、線維化を改善するために用いられることもあるでしょう。実際に、新型コロナウイルス感染症による重症肺炎以外にも、心臓や腎臓の再生医療の分野での使用が検討されています。

2020年11月現在、治験製剤に使用している間葉系幹細胞の品質に問題はないと考えています。今後は、品質を評価するためのきちんとした基準が整備されていきます。まだまだ黎明期ではありますが、今後は間葉系幹細胞の使い方などについて日本再生医療学会を中心に、各種学会と協力しながら、きちんとしたルールの下安全に実施できるよう取り組んでいるところです。

また、患者さんには、きちんと情報を調べてから治療を受けていただきたいと考えています。以下のサイトに記載しております新潟大学医歯学総合病院 消化器内科 肝臓再生療法グループのメール宛に、間葉系幹細胞を用いた治療が適応可能か質問することも可能です。治験を行う施設自体は全国10か所程に広げておりますので、他施設の利用も併せてご検討いただきたいと思います。

◆肝硬変の患者さまを対象とした再生医療の治験のお知らせ

私は再生医療に従事する医師も臨床の現場を知ることが重要であると考えています。たとえば、私が取り組んでいた自己骨髄細胞投与療法は全ての患者さんに適応できるわけではありません。肝硬変が重篤化していれば、適応できないと判断せざるをえないケースもあります。遠方から治療を受けたいといらっしゃった患者さんに対して「できません」と伝えなければならない場合もあり、非常に心苦しい経験もしてきました。

私がそこで大切にしているのは、ただ治療が難しいことを伝えるだけではなく、肝硬変の一般的な基本となる治療法についても正しくお伝えすることです。せめて、一般的な治療法については理解してお帰りいただきたいと考えたのです。このように、どのような状況でもできる限り患者さんのお役に立つためには、医師は基本的な治療法を熟知している必要があると考えています。

これは私の持論ですが、普通のことが普通にできない組織で新しい医療ができるわけがありません。たとえば、教室での若手の育成でも私たちの専門である消化器の分野では苦手なものを作らないよう指導しています。将来再生医療に携わる医師は、その分野の基本的な治療をきちんと習得したうえで、再生医療に取り組むべきだと考えています。

患者の女性に説明をする医師 写真:Pixta
写真:Pixta

私は、日本再生医療学会認定医制度委員会の委員長、また日本消化器病学会の再生医療研究推進委員会の委員長を務めています。今後は、再生医療に携わる医師は、各臓器の専門医の資格と共に再生医療の認定医の資格も取得するダブルライセンスが必要だと考えています。たとえば、日本消化器病学会の専門医資格や日本肝臓学会の専門医資格を取得している医師が、日本再生医療学会の認定医も積極的に取得し安全に再生医療を実施していく体制を築いていきたいと考えているのです。それは患者さんにとっても、再生医療を受ける際に医師を選ぶ1つの基準になると考えています。

私が間葉系幹細胞の研究を続けてきた原動力は、とにかく患者さんの未来を変えたいという思いです。医師として、現状の医療では治すことができない病気に対してもきちんと答えを出すことが大切であると考えています。その1つが再生医療です。今後は、基礎的な医療をきちんと行うことができ、さらに再生医療の知識や技術を持つ医師の育成にも力を注いでいきたいと考えています。

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    寺井 崇二 先生

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