南東北グループ 理事長 渡邉貞義先生
「医者は厳しいぞ」
医学生の面接で、こんな言葉をよく聞くようになったという。
「親御さんは何と言っていますか」と尋ねると、返ってくるのは――「医者はきびしい、と言われました」。その親自身が、医師である。
東日本を中心に医療機関や福祉施設を運営する南東北グループ。その理事長を2年余り前に父から引き継いだ渡邉 貞義先生は、この変化を医療界の現在地を映す鏡だと見る。
「医療をやっている人間からすると、割に合わない。そう感じる場面が増えているということだと思います」
物価高、人手不足、そして制度疲労――。超高齢社会を迎えた日本の医療は、いま大きな転換期にある。渡邉先生に、日本の医療が抱える構造的な問題と、その先に見据える未来について話を伺った。
私は現在、南東北グループの理事長を務めています。当グループは総合南東北病院を運営する社会医療法人将道会など7つの法人が参加する、東日本で70を超える医療・福祉施設を運営している組織です。脳神経外科をはじめとする急性期医療からリハビリテーション、介護、在宅医療までをグループで一貫してサポートできる体制を整えており、地域の皆さんの人生に寄り添う形で医療・福祉を提供しています。
日々、グループの医療機関の運営にあたっていると、正直なところ、今の医療業界が置かれている状況の厳しさを痛感するばかりです。
現場で命と向き合い続ける我々から見ると、今の日本の医療には、
1.物価上昇に追いつかない診療報酬
2.医療機器やシステムへの投資負担と、それを支える公的な仕組みの欠如
3.高額な薬剤費も賄う国民皆保険の設計
4.国が進める新しい地域医療構想のあり方
の4つの課題があると考えています。
現場を預かる者として感じているこれらの課題感を、1つずつ具体的にお話ししていきましょう。
まず1つ目は、物価の上昇に診療報酬が追いついていない、という根本的な構造の問題です。
私たちの仕事の対価である診療報酬は、国が決める公定価格です。ところが、物価や人件費がこれだけ上がっているのに、診療報酬の見直しはいつも後追いになってしまいます。その結果、全国的に病院の収支が厳しくなってしまっているというのが率直な実感です。現場で命を助けているスタッフの生活を支える原資が足りないという認識が、社会全体ですっぽりと抜け落ちているように感じます。
これに関連して、とりわけ深刻なのが看護師不足の問題です。看護師の給与は現在、一般事務職と比べて高いとはいえません。今や給与水準が同等、あるいは逆転してしまっているケースすら存在します。責任が重く、過酷な夜勤もある仕事なのに給料面が見合わないとなれば、人が離れていってしまうのも無理はありません。
実際、看護学校は各地で定員割れを起こし、閉校に追い込まれるところも出てきました。先日、日本脳神経外科学会で脳神経外科の専門病院や総合病院の先生方とお話しする機会があったのですが、病床数も診療科も多い総合病院でさえ、看護師の確保に大変苦労されているそうです。専門病院となれば、なおさらでしょう。
国は命を支えている医療従事者の待遇改善にもう少し目を向けていただきたい。これが正直な思いです。
この問題が解決せず、医療人材の不足が続くと、海外からの人材受け入れを積極的に進めていかなければならないでしょう。実際、介護の現場などはその傾向が顕著です。優秀な外国人の方々が、熱心に日本語を勉強し、高いモチベーションを持って現場を支えてくれているケースは、決して少なくありません。利用者さんから、「海外からきてくれたスタッフは親切で気が利く」と言っていただくことが多々あります。我々南東北グループでも、今後、優秀な海外の人材をさらに採用して今の医療のレベルを維持していきたいと考えています。
人手不足に対しては、DXを推進して省力化を進めようという動きもあります。ただ、介護や看護の現場は、人の手による温もりや触れ合いが欠かせない世界です。コンピューターやロボットだけで、全てを代替できるわけではありません。DXで効率化できる部分は積極的に進めつつ、人と人との関わりを大切にする姿勢は、これからも崩さずにいたいと思っています。
2つ目の課題は、医療機器やシステムへの投資負担と、それを支える公的なサポートが乏しいことです。
医療機関がよりよい診療を行うために導入している高額な医療機器や設備は、数年ごとの更新のたびに莫大な費用がかかります。たとえば、当グループの放射線治療で使うサイバーナイフ*は、1台更新するだけでも数億円単位の投資が必要です。「放射線治療ならIMRT**(強度変調放射線治療)があれば十分ではないか」という議論もありますが、サイバーナイフでなければ救えない患者さんや、治療成績が大きく向上する症例が、実際にあります。ですから当グループでは、必要な投資は惜しまずに設備を更新する方針です。しかし、病院経営という観点で見ると設備投資に伴う負担は非常に重いものがあるのは事実です。
とりわけ選択肢がないのが電子カルテです。これも数年ごとに更新費用が発生し、郡山市にある当グループの施設だけでも、更新にはおよそ22億円規模の費用がかかります。もちろん電子カルテは今の病院の診療に欠かせないものですが、現場からはシステムベンダーのために働いているのではないか、という不満すら聞こえてきます。
さらに、医療機関が負担する控除対象外消費税の問題もあります。
我々が医療機器や電子カルテを導入する際、当然ですが消費税も払っています。一方で、我々が患者さんを診察して受け取る診療報酬は、消費税がかかることはありません。消費税は支払うばかりで、いただくことはないため、病院にとって大きな持ち出しとなっています。たとえば高額な設備を導入すると消費税の額はばかになりませんが、その負担を他の業種のようにこちらがもらう消費税で賄うことができないのです。このような税の仕組みは、是正されるべきでしょう。
*サイバーナイフ:細いX線を多方向(約100地点)から集中的に患部に照射することで、周辺の正常な組織への被ばくを抑えつつ治療ができる機器。
**IMRT:放射線の照射中、放射線の強さに強弱をつけることで腫瘍に対して集中的に照射を行うことができる放射線治療の方法。
この課題に対し、いくつかのヒントをアメリカの事例で見つけることができます。
アメリカは寄付文化の国です。病院によっては年間で数百億円単位の寄付金が集まることもあります。そして、寄付で集めたお金への税制優遇措置があり、その資金を先端医療分野への投資に回すことが可能です。ここはアメリカの文化や制度を見習うべきだと考えています。
またアメリカでは、国が電子カルテの標準規格を定めて普及を後押しし、医療機関同士がデータを共有できる仕組みづくりを進めています。したがって、病院側が更新費用に悩まされることも少ないのです。
先ほど述べた消費税の問題も含め、今後は国からの財政的な裏付けや診療報酬上の手当て、税制上の優遇措置が十分でなければ、民間病院が性能のよい機器を導入できず、日本の医療が少しずつ地盤沈下してしまうのではないかと懸念しています。
さらには、性能の高い国内メーカー・ベンダーの製品を価格の高さが理由で導入できない状況から、海外の勢力に押されてしまった半導体産業と同じ道をたどってしまうのではないか。そんな危機感も抱いています。
3つ目は、高額な薬剤が次々と登場するなかで、国民皆保険制度がこの先も耐えられるのか、という問題です。
さまざまな病気の治療法が研究され、それを治療する薬が開発されることは、素晴らしいことです。しかし、新たに登場する薬は研究開発費を回収するために高額になりがちで、それが珍しい病気の場合はさらに高額になります。
そのような薬剤を国民に保険で行き渡らせることは、財政的にもう難しい段階に来ていると感じています。
この議論は難しい判断が伴いますが、私自身はそのような高額な薬を使う医療は保険診療から外し、先進医療特約のような民間保険と組み合わせながら、患者さんが自己負担や保険を組み合わせて治療を受けられる仕組みを広げていく必要があると考えています。そのような整理をしないと、いつか医療の財源が足りなくなる日が来るでしょう。
国民皆保険に関して、もう1つ私がお伝えしたいのは、医療を受ける私たち国民一人ひとりの意識の問題です。
我々は、救急車を呼べばいつでも無料で来てくれ、自分の病気に適した医療が受けられて当たり前。病院はホテル並みのサービスを提供して当然。そう思っている部分があるのではないでしょうか。しかし、そうした考え方をそろそろ見直さなければならない時期に来ていると思います。
制度や診療報酬の点数を小手先でいじるだけでは、根本的な解決にはなりません。これからは自分自身の健康と命に対して、皆保険が守ってくれる部分に加え、自分自身でも対価を払うという考え方を少しずつ持っていただく。それを受け入れる土台を国全体で作っていかなければ、この国の医療はどんどんやせ細っていく。私はそう考えています。
そして私が今最も強く懸念していることが、4つ目の課題、国が進めている新しい地域医療構想のあり方についてです。
現在、各地域で医療機関の機能分化(救急、急性期、回復期などの医療の役割分担)と集約化(特定の病気の治療を特定の病院が行うことで効率化すること)が進められていますが、手挙げ方式のため、診療報酬の点数が高い急性期医療の拠点病院になりたいと希望する施設が多くなるでしょう。しかし、実際に拠点病院となってから、「これだけの患者さんを、うちの病院だけで一手に引き受けるのは難しい」と苦労するケースが出てくるのではないかと懸念しています。
というのも、脳梗塞に対する血栓回収療法にしても、心筋梗塞のカテーテル治療にしても、超急性期の医療はまさに時間との勝負です。しかも、こうした患者さんは1人ずつ順番に運ばれてくるわけではなく、同時に複数の患者さんが搬送されてくることも珍しくありません。今は複数の病院で患者さんを分担して受け入れていますが、ごく少数の拠点病院に機能を集約してしまうと、どれだけ設備・スタッフが充実していても、対応できる患者数には物理的な上限が出てしまいます。
その結果、かえって救える命が救えなくなり、不幸になる患者さんが増えてしまうのではないか。私はそう危惧しています。
もちろん、限られた医療資源の中で、全てを1つの病院だけで完結させることは不可能です。今進められている地域医療構想のように、急性期や救急に強みを持つ病院と、リハビリや慢性期、回復期を担う地域の医療機関とが、しっかりと役割分担をしながら、密接に連携していくことが欠かせません。
とくに、鼠径ヘルニアの手術や人工関節置換術など、計画的に手術ができるものは集約化になじむでしょう。しかし、救急医療は集約しすぎると弊害が起こりかねません。地域単位、エリア単位で、きちんと設計していく必要があるはずです。
ここまでお話しした4つの課題に対し、私たち南東北グループが向き合っている具体的な取り組みについて、お話しさせてください。
人材の確保という点では、とくに地方において、医療従事者の採用が困難な状況にあります。そのため当グループでは、グループ全体で採用活動にあたる専任の部署を設けています。1つの地域だけで人を集めようとしても、もう限界があります。隣接する県まで含めた広い範囲で「そこで働くことのメリット」をきちんと伝えていくことで、優秀な人材を集めているところです。
また、全国的に複数の拠点を持っているという強みを活かし、グループ内の別の施設への異動を提案するなど、優秀な人材が気持ちよく働き続けられる工夫も続けています。福利厚生の充実や、寮・住宅の手配といった生活面のサポートも、スタッフの定着には欠かせません。若手のスタッフが3年、5年と、長く安心して働ける環境を整えることが、結果としてグループが提供する医療の質を高めることにつながると考えています。
こうした人材への投資と並んで、創業以来、当グループが大切にし続けている姿勢があります。それは、「救急患者を断らない」ということです。困っている方をそのときに助けることができなければ、私たちは何のために病院を運営しているのか分かりません。もちろん、医師や看護師の過重労働を防ぐマネジメントは欠かせませんが、それでも、この基本方針は守り続けたいと思っています。
また、私たちが目指しているのは、「ゆりかごから墓場まで」、地域の皆さんの命と健康をトータルで支える医療・福祉の提供です。そのためには急性期の救急医療だけでなく、介護やリハビリ、在宅医療に至るまで、患者さんとそのご家族が抱えるさまざまな問題に寄り添い、支えていくことが重要です。
患者さんのご家族の中には、介護の問題によって現役世代の方が離職に追い込まれたり、疲れ果ててしまったりするケースもあります。働き盛りの世代が社会から少しずつ切り離されてしまうと、その方の心も疲弊してしまうでしょう。そうした社会的な課題に悩む方々に対しても、医療と介護が一体となった切れ目のないケアを提供することで、地域に貢献していきたいと考えています。
私が理事長という重責を引き継いだのは、いまから2年余り前のことです。父は脳神経外科医として、本当に年中無休で働き続けるような仕事人間です。経営も全て自分で決断し、時には0泊3日で海外視察に飛んで海外の知見を吸収するなど、日本の常識にとらわれない発想でグループを発展させてきました。
私自身は、幼い頃から「医者になれ」「経営者になれ」と言われたことは一度もありません。ただ、二代目として育つ人間が感じるプレッシャーや周囲からの期待というものは、やはり背負ってきたように感じます。父が持っていた「困っているときに助けられないなら、病院は何のためにあるのか」という強い信念を受け継ぎ、現在も「断らない救急」をグループ全体で継続しています。
医療業界を取り巻くニュースは、人手不足や経営難といった暗いテーマばかりが目立ちます。しかし、現場には未来を切り拓くためのアイデアがまだまだ眠っています。
たとえば、定年を迎えたシニア医師の方々に、その豊富な臨床経験を活かして地域医療の支援に関わっていただくような取り組みも、非常に面白い試みになるはずです。
私たち医療者は現状を嘆くだけでなく、明るい未来が見えるような前向きな提案と行動を現場から積み重ねていくことで、よりよい医療の形を作り上げていければと考えています。
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