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超高齢社会の問題 高齢者の診断・治療を研究する「老年医学」とは?

超高齢社会の問題 高齢者の診断・治療を研究する「老年医学」とは?
大内 尉義 先生

国立公務員共済組合連合会虎の門病院 院長

大内 尉義 先生

2025年の日本は、人口の30%以上を65歳以上の方が占める超高齢社会となることが予想されます。超高齢社会で問題となるのが、高齢者の医療です。

高齢者に多い疾患について、診断、治療を研究する分野を老年医学といいます。今回は、虎の門病院院長及び、一般社団法人老年医学会名誉会員(前理事長)の大内尉義先生に、老年医学の歴史や老年疾患の特徴、虎の門病院が設けている高齢者総合診療部を中心にお話をうかがいました。

老年医学とは

老年医学とは、高齢者に多い疾患の診断と治療を研究し、実践する分野です。

高齢者によくみられる疾患として、まず脳卒中が挙げられます。血管の老化から動脈硬化を起こすためです。また、がんなどの悪性疾患、脳の老化が原因の認知症、骨の老化である骨粗しょう症などが挙げられます。そして、免疫機能の低下から肺炎となることもあります。高齢者の肺炎は、菌に感染して発症する市中肺炎のほかに、食べたものが気管支に入り込むことによって起こる誤嚥性肺炎が多い傾向にあります。

認知症・骨粗しょう症は病気と考えられていなかった

1980年代後半ごろまでは、認知症骨粗しょう症は病気とは考えられていませんでした。年を取れば、いわゆる「ぼけてくる」のは当たり前であり、次第に腰が曲がり痛くなることは当然と考えられていたためです。認知症や骨粗しょう症は脳と骨の生理的老化であり、病的老化ではないと考えられていたのです。

また、当時は高齢者人口も現在より少なかったため、認知症・骨粗しょう症の患者さんの数が少なかったことも理由だと考えられます。

しかし、様々な研究から、認知症も骨粗しょう症も予防・治療ができるということがわかってきました。また、高齢者の人口も増加し、実際にこれらの疾患にかかる患者さんも増えたことから、認知症と骨粗しょう症は病的老化であり、病気として扱われるようになったのです。

ADL(日常生活動作)に影響を及ぼす老年疾患

老年疾患の大きな特徴は、ADL(歩く、食べる、着替えるなどの日常生活動作)に影響を与える疾患が多いという点です。たとえば、がんを患っている高齢の患者さんの場合、がんが発生している臓器を治療すれば、多くの方が普段通りの生活を送ることが可能となることが多いでしょう。

しかし、脳卒中になってしまった患者さんの場合は、体が麻痺し歩けなってなってしまうことや、言葉が出なくなってしまうなど、患者さんの生活全体に影響を及ぼし、障害となる可能性が高いのです。脳卒中の他にも、認知症、骨粗しょう症も日常生活に支障を与える疾患であり、老年医学的には、こういった疾患のほうがより重要なのです。

老年医学の歴史 日本は海外よりも進んでいた

1872年に実業家として知られる渋沢栄一氏が創った、日本初の老人病院「営繕会議所附属養育院」が日本の老年医学の始まりです。営繕会議所附属養育院は、東京都健康長寿医療センターとして、現在も引き継がれています。

一方、世界の老年医学の始まりは、1881年にセルビアに創られた老人病院です。こちらの老年病院のほうが、認知度が高いため、世界初として扱われることもありますが、実際は、日本の老人病院のほうが10年ほど早く創られたのです。日本の老年医学は世界に先駆けて行われていたといえるでしょう。

高齢社会を見越していた二人の先達

日本の老年医学の発展のなかで大きな役割を果たしたのは、尼子富士郎(あまこふじろう1893-1972)先生と冲中重雄(おきなかしげお1902-1992)先生です。尼子先生は、1928年に、「浴風会調査研究紀要―老年者の生理及び病理研究」の刊行を開始しました。そして同年には、初めて大学において老年医学の講義を始めました。

そして、その尼子先生をバックアップしたのが、虎の門病院第2代院長でもある冲中重雄先生です。冲中先生は当時から老年医学の必要性を訴えており、1962年には彼が中心となり東京大学医学部老年病学教室が開設されました。

尼子先生が講義を始められた1928年は、まだ国民の平均寿命が60歳にとどかない程度であり、高齢者といわれる方の人口も少数でした。また、冲中先生が老年病学教室を開設した1962年は戦後の混乱がようやくおちつきつつあった時代で今日を生きていくことに精一杯でした。そのような中、「あと何十年後の日本は高齢社会になる」ということを見越して老年医学という学問を作ってきたお二人は、非常に洞察力の優れた方だったと思われます。

超高齢社会のために 虎の門病院の「高齢者総合診療部」

大内尉義先生

今後も日本の高齢者の数は増加していき、2025年には、団塊の世代が全員75歳以上になるという、2025年問題が待っています。そこで課題となるのが、高齢者の診断・治療です。

最初にご説明した通り、脳卒中や認知症といった老年疾患は、患者さんの生活全体に障害を与えます。また、高齢の患者さんは単独の疾患ではなく複数の疾患を併存している割合が高くなります。

そのため、従来の循環器内科、呼吸器内科、消化器内科といった臓器別の診療科では、患者さんの治療を総合的に行うことは困難です。そこで、虎の門病院では、2015年7月に高齢者を総合的に診療する、高齢者総合診療部をつくりました。

高齢者総合診療部には、認知症科や精神科、循環器センター内科など様々な診療科の医師が参加しています。また、医師、看護師だけでなく、薬剤師、臨床心理士、栄養士、MSW(医療ソーシャルワーカー)、事務といった他職種が集まったチームで、患者さんを包括的に診療し、生活をサポートします。

高齢者の患者さんを総合的に診療するチームの効果は証明されている

アメリカでは、このような総合的に治療を行うチームのいる病棟と、チームのいない病棟を比較した研究があります。それぞれの患者さんのバックグラウンドがほぼ一致している条件で研究は行われました。その結果、チームのいる病棟の患者さんは、いない病棟の患者さんに比べ、死亡率が約半分に減少し、自宅に帰れる方の人数が増加したのです。

理想は、高齢者の入院患者さん全員をスクリーニング(ふるいわけ)して対処する

現在、高齢者総合診療部は各診療科からリクエストがあった場合に応えていくという体制になっています。しかし、今後は、高齢者診療部のマンパワーを増やし、病院内にいる高齢者の患者さん全員のスクリーニングを行い、機能評価をします。そして、問題のある、または、問題が起こることが予想される患者さんのところに、高齢者総合診療部から出向いてサポートをするという体制を作っていきたいと考えています。

大内尉義先生が名誉会長を務める老年医学会が2017年1月に発表した、75歳からを高齢者と定義する「高齢者の定義と区分に関する、日本老年学会・日本老年医学会 高齢者に関する定義検討ワーキンググループからの提案」を発表しました。記事2『75歳からを高齢者と定義する 老年医学会の提言にはどのような背景があったのか』では、この提言がどのように作られていったのか詳しくご説明します。