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老年医学会が目指す高齢者医療のかたち フレイルの提唱や薬物療法ガイドラインの作成

老年医学会が目指す高齢者医療のかたち フレイルの提唱や薬物療法ガイドラインの作成
大内 尉義 先生

国立公務員共済組合連合会虎の門病院 顧問(前院長)

大内 尉義 先生

この記事の最終更新は2017年06月13日です。

フレイル(高齢になるにつれて、生理的予備能が低下すること)という言葉は、2014年に日本老年医学会が提唱した言葉であり、現在では、社会に広く浸透しています。また、高齢者の薬物療法ガイドラインを作成するなどと、老年医学会では様々な活動を行っています。

今回は記事2「75歳からを高齢者と定義する 老年医学会の提言にはどのような背景があったのか」 に引き続き、虎の門病院院長及び、一般社団法人老年医学会名誉会員(前理事長)の大内尉義先生に、老年医学会の活動内容と高齢者医療の課題と理想についてお話をうかがいました。

フレイルとは、高齢になるにつれて、立つ、歩くなどといった際に使う筋肉の衰えや原因のはっきりしない食欲低下など、生理的予備能が低下することです。多くの高齢者(75歳以上の方)は、このフレイルという中間的な段階を通過して、要介護状態になると考えられます。フレイルのイメージとしては、年を取るにつれてこれといった疾患を患っているわけではないが、食欲が無くなり足腰の筋肉が衰え、だんだんと歩けなくなっていくといったものです。

フレイルを日本語に置き換えると、いわゆる「虚弱」となります。しかし、虚弱とは、体に対する衰えが中心です。また、悪化するばかりで二度と元の状態には戻らない(非可逆性)という意味合いが強いのです。一方フレイルには、体だけでなく、貧困や独居(ひとりですんでいること)などの社会的な虚弱も含まれます。

このような多彩な概念を表す言葉が日本語には存在しなかったため、フレイルと呼ぶことを「フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント」として2014年に発表しました。

フレイルを提唱するヒントとなった言葉には、「ロコモ」と「メタボ」があります。この2つの言葉は、今では誰もが知っているほど広く受け入れられました。メタボとロコモは3文字でフレイルは4文字なので、少々発音しにくく、どれだけ普及するかという懸念がありました。

しかし、翌年の2015年には、国の公式的な会議でフレイルという言葉が使われるようになりました。そして、2017年までのわずか3年間で、一気に広がっていきました。

多剤併用

高齢者の薬物療法に対して、適正で本当に必要な薬物かを見直し、安全性を高めるために、老年医学会は「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を作成しました。

2005年に初版を作成し、その全面改訂版を2015年に作成しました。ガイドラインを作成した主な理由は、以下の2つです。

高齢者の薬物療法は子どもと同様、薬物の効きかたが大きく変わってきます。しかし、高齢者の薬物療法は特別なものと考えられておらず、普通の成人と同じ薬物療法が行われていたのです。また、子どもの薬物療法にははっきりとしたガイドラインが存在しますが、高齢者の薬物療法に関してのガイドラインはありませんでした。

そのため、薬物療法を受けた高齢者の患者さんが、かえって状態が悪くなったり、寝たきりになってしまったりというケースもありました。

高齢の患者さんは、様々な疾患を併存していることが多いため、いくつかの診療科で治療を受けています。各診療科は臓器別になっていることから、その臓器の疾患に対応する薬を処方します。また、何か症状を訴えると、その症状に対する薬も処方されます。

そして、別の科でどの薬を処方されたのかということを、ほかにかかっている科では把握しづらいため、あっという間に10種類、20種類、30種類と膨大な量の薬を服用することになります。この薬の多剤併用をポリファーマシーといいます。薬の量が多ければ多いほど副作用は起きやすくなります。そのため、上記と同様、寝たきりになったり、転びやすくなったりする可能性が高くなります。そこで、このような事態を防ぐために老年医学会では高齢者に対する薬物療法ガイドラインを作成したのです。

現在の高齢者医療には、以下の課題が存在します。

フレイルには、体、脳といった身体的なものだけではなく、貧困、独居(ひとりで住んでいること)といった社会的フレイルも存在します。身体的フレイルの研究は、現在とても進んでいます。しかし、社会的フレイルに関しては、どういったものが社会的フレイルなのかという定義すらない状態です。今後、高齢者人口が増加するにつれ、社会的フレイルは深刻な問題となります。社会的フレイルの発見からの介入、対策をどう行っていくのかを考える必要があります。

高齢者の生活習慣病をどう管理していくのかのガイドラインが少ないことも課題の1つです。高血圧学会では以前から、高齢者の高血圧についての診断治療のガイドラインを作成しています。また、老年医学会と糖尿病学会は協力して、最近、高齢者の糖尿病についてのガイドラインを作りました。

高齢者の生活習慣についてのガイドラインは、今後各学会と老年医学会で手を組みながら作成していく必要があります。

現在の病院の診療科は、臓器別の診療科が多くを占めています。しかし、高齢者の疾患である脳卒中認知症骨粗しょう症などの特徴である、1つの疾患が様々な生活機能に支障をきたすということを考えると、臓器別の診療科だけではなく、高齢者の生活全体を診られる、虎の門病院の高齢者総合診療部*のような仕組みが必要です。

*虎の門病院高齢者総合診療部の詳しい説明については記事1『超高齢社会の問題 高齢者の診断・治療を研究する「老年医学」とは?』をご参照ください。

そして、高齢者の患者さんを診断、治療する際は、その方の生活機能や認知機能を考慮することが大切です。しかし、現在ではまだ、高齢者医療ではこのような考え方を必要とすることが、あまり認知されていません。高齢者人口の増加に伴い、各学会の人々が最近やっとそのことに気が付き始めたのです。

大内尉義先生

ガイドラインを作成していくためには、老年疾患に対する様々なエビデンス(証拠・根拠)が必要です。しかし、現状はまだエビデンスが足りていません。老年医学会では、エビデンスを作っていくことが大きな使命の一つであると感じています。

現在、75歳以上の高齢者のコレステロール値を下げることで、どのような効果があるのかというデータは世界的にみてもありません。そこで、老年医学会では、75歳以上のLDLコレステロール*値が140mg/dL以上の方をランダムに2軍に分け、1つを食事療法だけでコレステロール値の治療をし、もう1つは、食事療法と薬を使用するという臨床研究(EWTOPIA75)を行っています。

この研究の結果は、今年(2017年)の秋頃に発表される予定です。老年医学会では、このような研究を行いながら、高齢者疾患に対するエビデンスを作っていくことが重要と考えています。

*コレステロールには、HDLコレステロール(善玉コレステロール)とLDLコレステロール(悪玉コレステロール)があります。LDLコレステロールは、血管内にコレステロールをため込む働きをしています。そのため、LDLコレストロールが血液内で過剰に増加すると、血管が詰まり、動脈硬化の原因となる可能性があります。140mg/dL以上が異常値とされています。

理想の高齢者医療は、「治す医療」から、「治し支える医療」です。医療において治すことは当然です。それに加え、患者さんの生活を支えていくことが必要です。その結果、健康寿命が延びて、元気に働いたり、ボランティア活動に参加したりと、自分のやりたいことができるようになります。そうすることで、社会の負担も減り、高齢社会が明るく語られる世のなかへと変化していくのです。これが我々の最終的な目標です。

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