大腸がん手術の領域では、手術手技の進歩と最新テクノロジーの融合によって、がんの根治性と機能の温存を両立させる難易度の高い手術が行なわれるようになってきました。腹腔鏡下手術や3D画像による術前シミュレーションの可能性、そして幅広い選択肢の中から治療法を選ぶ際に大切なことなどについて、大腸がん腹腔鏡手術の第一人者である産業医科大学第一外科教授の平田敬治先生にお話をうかがいました。
一般的には開腹手術より腹腔鏡手術のほうがより難しいというイメージがありますが、少なくとも医師の教育的側面においては、むしろ腹腔鏡手術が有利な点は少なくありません。
たとえば、手術のようすをモニターに大写しで見ることができ、しかも多くの人が同時にそれを見ることができます。このことは経験の少ない医師が技術を学ぶ上では非常に大きな利点です。最近では腹腔内の拡大映像と術者の手元の映像を同時に映し出すことも可能になっています(図3)。
従来から手術の現場は密室性が高く、特に開腹手術では目視で確認できるものがすべてでした。写真や動画を撮影しようにも、骨盤内の深いところにある病巣は非常に見づらく、なかなか手が届きにくいことも多かったのです。そのため、限られた数名が執刀医の手元を間近で見て学ぶことが中心となっていました。
その点、腹腔鏡手術であれば、明瞭な拡大視野の鮮明画像で記録・共有することができ、その教育的効果は非常に高いものがあります。また最近では、映画館などで特殊なメガネをかけて3D画像をみることがあるかと思いますが、腹腔鏡の画像も3Dで見られるようになってきており、より精密で安全な手術が可能となってきています(図4)。
「大腸がんの検診と検査」でご説明したCTコロノグラフィーは、炭酸ガスで大腸を膨らませてCT撮影(Computed Tomography:コンピューター断層撮影)を行う方法で、バーチャルコロノグラフィーともいいます。この技術によって、腫瘍の位置やどこにどんな血管が走っているかをあらかじめ立体的に把握することができます。
安全かつ迅速に手術をすすめるためのナビゲーションとしてはもちろん、手術チーム内でイメージを共有し、手術手技を定型化していくためにも大いに役立つ技術です。
よく患者さんが気にされることとして、大腸がんの手術後に人工肛門(ストーマ)を設けるかどうかという問題があります。人工肛門といっても体に機械を取り付けるわけではありません。もともとの肛門の一部ではなく、お腹から腸の一部を体外に出して皮膚と接合させて、そこから便が出るようにします。(図6)。
人工肛門には、一時的に設ける場合と永久的に設ける場合の二通りがあります。前者は、術後の縫合不全などが起こった場合にもしくは縫合不全の予防のために、一時的に人工肛門を設け、1〜2ヶ月から1年後に人工肛門部の腸を元通りにつなぎ直します。後者は直腸がんの手術で肛門括約筋まで切除して肛門機能が損なわれたときに造設するものです。しかし、昔に比べて永久的人工肛門を設けるケースは非常に少なくなりました。従来の開腹手術では直腸の肛門に近いところまで見ることが難しかったのですが、今ではかなり深いぎりぎりのところまで切除する手技が確立されているからです。
肛門の括約筋は内肛門括約筋と外肛門括約筋の二重構造になっています。内側の内肛門括約筋だけを切除するISR(括約筋間直腸切除術)では、外肛門括約筋を残し、肛門の機能を温存することができます。
また肛門の機能を温存できるかどうかは、がんを切除する部分と肛門との距離によっても変わります。抗がん剤による術前化学療法でがんが小さくなれば、肛門から切除部分までの距離をより大きく取ることができるようになり、肛門を温存できる可能性が高まります。場合によっては術前の化学療法や化学放射線療法で腫瘍がほぼ消失する例もあります(図7)。
しかしながら、がんの位置が肛門に近すぎて本当に難しい症例では、もし術後の縫合不全があると排便機能障害が残ってしまい、再発のリスクも高くなるため、肛門を温存した意味がなくなってしまいます。このような場合には、予防的措置として一時的に人工肛門を設けることも重要な選択肢となります。短期的なことだけでなく、その後の生活やがんの根治性など、長い目で見て治療法を決定することも大切です。
産業医科大学 医学部第一外科学 教授 、産業医科大学病院 消化器・内分泌外科 診療科長
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