2026年6月1日、「睡眠障害」が診療科名として、内科や精神科などと組み合わせて標榜可能となりました。睡眠障害内科や睡眠障害精神科といった標榜が明確になることで、睡眠に悩む方々が、早い段階で適切な診断や治療へとつながることが期待されています。睡眠障害の標榜化の実現に尽力してきた日本睡眠学会 理事長の内村 直尚(うちむら なおひさ) 先生(久留米大学 理事長、学長)に、標榜化の背景や意義、今後の展望についてお話を伺いました。


提供:内村直尚先生
現代社会では睡眠に関する悩みを抱える方は少なくありません。日本睡眠学会が行った調査によれば、睡眠に何らかの問題を抱えている方は5人に1人に上るともいわれています。そして一口に睡眠障害といっても、これは不眠症だけを指すわけではありません。睡眠時無呼吸症候群やナルコレプシーなどの過眠症、概日リズム睡眠・覚醒障害、レストレスレッグス症候群など、多様な病気が含まれます。
しかし、こうした睡眠の問題を抱えていても、医療機関の受診に至らないケースは少なくありません。日本睡眠協会が一般の方約3,600人を対象にインターネット上で行った調査では、58.4%の方が睡眠に何らかの問題を抱えていたものの、実際に医療機関を受診したのはわずか14.1%でした。
この背景には「睡眠を軽視する社会的風土」と「受診先の分かりにくさ」という主に2つの課題があると考えています。まず日本では長年、仕事や学業を優先するあまり、睡眠を後回しにしがちな風土が醸成されてきました。その結果、日本人の睡眠時間は国際的に見ても短く、睡眠の重要性に対する社会的な理解も十分とはいえない状況が続いています。また近年は、スマートフォンやウェアラブルデバイスの普及によって、自身の睡眠状態を可視化しやすくなっています。しかしその一方で、睡眠に問題があることに気付いても、「どの診療科に相談すればよいのか分からない」といった課題が生まれてきたのも事実です。
そこで日本睡眠学会としては、睡眠に課題を感じる方々に対して受診の入口を明確に示すため、「睡眠障害の標榜化」を重要な目標の1つに掲げてきました。2022年には「国民の質の高い睡眠のための取り組みを促進する議員連盟(睡眠議連)」が設立され、その後、各種調査を重ねながら、学会から厚生労働省への要望書を提出し、議論を深めてきました。
そして、国民ニーズの把握や医療提供体制の整備状況の確認など、要件を満たすためのさまざまなプロセスを経て、2026年6月1日、医療法施行令が改正され「睡眠障害」が診療科名として標榜可能となったのです。これにより、医療機関が睡眠医療への対応をより分かりやすく示せるようになりました。
今回の標榜化によって最も期待しているのは、睡眠に悩む方が早期に受診へつながることです。睡眠の問題は単なる「寝不足」にとどまりません。近年の研究では、高血圧や糖尿病、肥満などの生活習慣病だけでなく、心筋梗塞、脳血管障害、うつ病、認知症など、さまざまな疾患リスクの増大や症状悪化との関連が報告されています。睡眠障害を放置すると、心身の健康に大きな影響を及ぼす可能性があるのです。
また、標榜化には受診の促進だけでなく、一般の方の睡眠に対する意識を高める効果もあると考えています。多くの方に睡眠そのものが健康にとって非常に重要であることを認識していただく、よい機会になるのではないかと思っています。
さらに、睡眠の充足は健康寿命の延伸を支えるとともに、人々の幸福感とも深く関わっています。日本では成人だけでなく子どもの睡眠不足も大きな課題となっていますが、十分な睡眠が幸福感の向上につながることを示す研究結果も報告されています。日中のQOL(生活の質)を高めるだけでなく、心身の健康を支える重要な基盤となりうるのです。今回の標榜化により、子どもから高齢者まで十分な睡眠を確保できる環境づくりが進めば、皆さんの健康や幸福感の向上につながると考えています。
医療の現場では、不眠症の治療も大きく変化しています。その代表例が、オレキシン受容体拮抗薬です。現在、日本では4種のオレキシン受容体拮抗薬が使用可能となっており、不眠症治療における薬物療法の選択肢の1つとなっています。こうした新たな薬剤の登場により、不眠症治療における選択肢が広がってきています。学会としては、こうした薬剤の新たなエビデンスや治療環境の変化を踏まえ、標準的な治療指針についてまとめた診療ガイドラインの改訂作業を現在進めているところです。
さらに2026年6月には、不眠症に対する認知行動療法(CBT-I)が保険収載されました。これは日本の睡眠医療にとって大きな前進だと考えています。欧米では以前より、不眠症治療の第一選択は認知行動療法であり、高い有用性が示されてきました。今回の保険収載により、日本でも認知行動療法を活用しやすい環境が整い、国際標準に沿った不眠症治療を提供できるようになることが期待されます。
私はさまざまな機会で「幸せになるためには眠ることです」とお話ししています。睡眠は私たちの健康を支えるだけでなく、人生をより豊かにするための重要な基盤です。今回の標榜化をきっかけに、睡眠を健康づくりの土台として捉える考え方が社会に広がっていくことを期待しています。
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