2026年3月26~28日に横浜市で開催された第23回日本臨床腫瘍学会学術集会(https://www.congre.co.jp/jsmo2026/)では、がん患者さんやご家族、市民が参加できる特別プログラム「ペイシェント・アドボケイト・プログラム(以下、PAP)」も行われた。前編に続き後編となる本稿では、PAPの中からがん免疫療法と希少がんに関する2講演を取り上げ、がん免疫療法の現在地、希少がんに対する新薬開発の現状と課題についてリポートする。
PAP基礎講座4「がん免疫療法と複合免疫療法」
基礎講座4では、がん免疫療法の仕組み・副作用と、複合免疫療法の意義について講演が行われた。発言要旨を紹介する。
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提供:後藤悌先生
がん薬物療法は、大きく細胞傷害性抗がん薬(化学療法)、分子標的薬、免疫療法の3つに分けられる。化学療法は、がん細胞を含め体全体で増殖の早い細胞を攻撃する。そのため、がん細胞だけでなく骨髄、口や胃腸の粘膜、皮膚・毛根の細胞などもダメージを受け、白血球や赤血球の減少、口内炎や下痢、脱毛などの副作用が生じる。分子標的薬は、がん細胞が生存・増殖・進展するために必要とする特有の遺伝子・シグナル異常を狙い撃ちする。免疫療法はこれらと異なり、患者さん自身の免疫ががん細胞を攻撃するように手助けする治療である。
人間の体には、もともと異物を排除する免疫の仕組みが備わっている。がんに対しても、免疫細胞の一種であるT細胞が攻撃する役割を持っているが、がん細胞がバリアを張ってT細胞からの攻撃を逃れることで、免疫による排除を免れている。
免疫のコントロールは、司令部であるリンパ節と戦場となるがん細胞の2段階で行われている。免疫の司令部では、CTLA-4と呼ばれる分子が戦場へのT細胞の出動を制御している。代表的な免疫療法である免疫チェックポイント阻害薬の1つ、CTLA-4阻害薬はこの司令部のブレーキを外すことで、多くのT細胞を戦場へ向かわせる。一方、戦場においては、PD-1/PD-L1という分子がバリアを張りT細胞の攻撃を免れている。もう1つの免疫チェックポイント阻害薬であるPD-1阻害薬は、このバリアを壊すことでT細胞の攻撃を有効にする。現在、PD-1阻害薬は多くのがんに用いられ、CTLA-4阻害薬は肺がんや胸膜中皮腫などに対してPD-1阻害薬との併用療法の有効性が認められている。
免疫療法は、化学療法や分子標的薬と比べて副作用が少ない印象を持たれがちだが、免疫関連有害事象と呼ばれる特有の副作用を生じることがある。たとえば、免疫チェックポイント阻害薬は、免疫のブレーキを外すため誤って正常な臓器を攻撃してしまうことがある。かゆみなど皮膚症状の頻度が高いものの、甲状腺など内分泌系の異常や関節痛、心筋炎など全身の臓器にさまざまな形で現れる。また、治療開始からまもなく出現することも1~2年経って初めて現れることもあり、いつ・どこに出るかを予測することが難しい。そのため長期にわたって注意を払い、気になる症状があれば担当医に相談する必要がある。
がん細胞はPD-1/PD-L1だけでなく、さまざまな仕組みでバリアを張り免疫を抑制している。その結果、T細胞ががん細胞まで十分にたどり着けず、免疫療法の効果が低下することがある。これに対して化学療法は、がん細胞の周囲のバリアを壊すことで、T細胞ががん細胞を認識して攻撃しやすい状態に変化させることができる。そのため、免疫療法と化学療法を組み合わせる「複合免疫療法」は相乗的な治療効果が期待され、広く行われるようになってきている。
複合免疫療法では、免疫療法と化学療法を同時に行うことが基本である。同時投与により治療効果の向上が期待でき、2系統の薬を確実に投与できることがメリットだ。一方、副作用のため体への負担が増大するリスクがあるほか、いずれか単独の治療でも効果が得られる可能性を考慮すると併用は過剰治療となる懸念もある。がん治療の選択はメリットとデメリットのトレードオフのうえに成り立っている。一人ひとりの状態や希望に応じて、患者さんと医療者が相談しながらよりよい治療戦略を考えていくことが大切である。
PAP特別企画5「希少がんに対する新規治療薬の開発」
特別企画5では、希少がんに対する新薬開発の現状と課題について講演が行われた。発言要旨を紹介する。
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提供:土井俊彦先生
希少がんは、人口10万人あたり6例未満のがんと定義される。約190種類の疾患群が該当し、がん患者さん全体の約2割を占める。そのため、希少がんはがん医療において特異な例外ではなくむしろ主要な患者層であるが、新薬開発においてはさまざまな課題がある。
日本のドラッグ・ラグ*とドラッグ・ロス**は、主に規制当局である厚生労働省、医薬品医療機器総合機構(PMDA)による承認の壁に起因している。一方、米国ではFDA***が承認した後に、保険会社が薬の使用や医療費の支払いを認めるまでの審査に長い期間がかかることによる、アクセスと償還の壁が存在する。
日本でドラッグ・ラグ/ロスが深刻化している理由の1つに、新薬開発の主体の変化が挙げられる。かつては大規模な製薬会社(メガファーマ)が国際的な臨床試験を展開していたが、近年は予算規模の小さい新興バイオ医薬品企業(エマージングバイオ)主導の開発が増えている。エマージングバイオは臨床試験を自国周辺で実施することが多いため、米国や中国で開発された新薬の治験が日本で行われることが少なくなっている。さらに、ウイルスを用いた遺伝子治療や細胞治療など、新規技術の導入が日本では難しいという課題もある。これらの治験は、米国では比較的盛んに行われ治療の進歩に寄与しているが、日本では厚生労働省だけでなく、農林水産省や環境省など複数の省庁の承認を要するため、治験の実施など手続きが煩雑となる。
*ドラッグ・ラグ:治療薬の国内承認までに著しい時間を要すること。
**ドラッグ・ロス:国際標準治療薬が国内では使えないこと。
***FDA:アメリカの保健福祉省に属する食品医薬品局(Food and Drug Administration)で、日本の厚生労働省、PMDAに相当し、医薬品、医療機器などの安全性や有効性を審査・認可する機関。
日本では国民皆保険制度の下、がん医療においては全国どこでも標準治療が受けられる「均てん化」が進められてきた。これは大きな強みであり、海外の患者さんから「日本ほど標準治療が整った国はない」と評価されている。一方、希少がんにおいては課題も生じている。患者さんが全国に分散するとどの施設にも十分な症例が集まらないため、経験値が蓄積されず提供される医療レベルが低下してしまう。また、非常に高額な治療薬を採用しても、使い切れなければ病院の損失となってしまうため、経営上の判断として購入を控えざるを得ないこともある。
本来、希少がんはどこでも治療できる病気ではない。正確な診断を行い、必要な治療を持続可能な形で提供し続けるためには、診療施設の集約化を進め研究開発の拠点を作るとともに、全国の症例データ・専門知識を共有して活用するための仕組みづくりが不可欠である。
ドラッグ・ラグ/ロスは、治療薬そのものが存在しないのではなく、患者さんがアクセスできない状況を意味する。解消のためには、これからの新薬開発の主役を担うエマージングバイオが日本市場へ参入したくなるような環境づくりと、新規技術の導入促進が求められる。そのため、製薬企業・行政・アカデミア・患者さん、いわゆる産官学患が一体となって、規制改革と独自の開発モデルの構築を進めていく必要がある。これからの希少がん新薬開発の道を切り開くためには、従来の基礎的な部分は残しつつ全体を完全にアップデートする、マインドのリブート(再起動)が重要であると考える。
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