日本臨床腫瘍学会は2026年3月26~28日に横浜市で第23回学術集会(https://www.congre.co.jp/jsmo2026/)を開催し、第9回学術集会から続く「ペイシェント・アドボケイト・プログラム(以下、PAP)」を行った。PAPは、がん患者さんや家族、市民が参加できる特別プログラムである。本稿では、PAPの中からがんゲノム医療に関する2講演を取り上げ、日本のがんゲノム医療の現状と課題、そして次なる段階として期待される全ゲノム解析についてリポートする。
PAP基礎講座1「がんゲノム医療はどこまで進んだか」
基礎講座1では、がんゲノム医療の現状と課題について講演が行われた。発言要旨を紹介する。
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提供:深田一平先生
がんは、遺伝子の変化・異常によって発生する。たとえば同じ肺がんでも、患者さんによって原因となる遺伝子の変化はさまざまで、効果のある薬剤も異なる。がんの原因となる遺伝子の変化を特定し、より効果の高い治療を選ぶのが「がんゲノム医療」である。がんゲノム医療は、患者さん一人ひとりに合った個別化医療の実現につながるものとして期待されている。
日本では2019年6月に、「がん遺伝子パネル検査*」が保険適用となった。現在、固形がんでは5種類のパネル検査が承認されており、2025年3月には血液がん向けのパネル検査も加わった(2026年3月時点)。保険適用から約6年が経過し、これまでに12万人を超える患者さんがこの検査を受けている(2026年2月時点)。
がん遺伝子パネル検査を受ける患者さんの数は増加しているが、パネル検査後に遺伝子の変化に応じた治療を受けられたのは9.4%、およそ10人に1人とまだまだ少ない状況にある。がん研究会有明病院のデータでは、パネル検査の結果に基づいた治療により患者さんの5~6割で効果が得られた。そのため、がん遺伝子パネル検査を行い、適切な治療につなげていくことの意義は大きいと考えられる。
*がん遺伝子パネル検査:がんに関わる数百の遺伝子を一度に調べることができる検査。
日本の現行の保険制度では、がん遺伝子パネル検査を受けられる対象は「標準治療がない、または標準治療が終了となった固形がん患者さん(終了が見込まれるものを含む)」に限られている。しかし本来目指すべき姿は、がんと診断された時点で、血液検査や画像検査、病理検査と共にゲノム検査を行い、治療方針を立てることである。
実際に臨床現場では、標準治療の開始時点からパネル検査を実施する取り組みが始まっている。さらに、2026年3月から先進医療A*として、進行期または再発のがんに対して標準治療が始まる前にがん遺伝子パネル検査を実施し、その有用性を検証する試みが開始された。
*先進医療A:保険診療の医療水準を超えた最新の先進技術として、厚生労働大臣から承認された医療行為のうち、未承認・適応外の医薬品や医療機器の使用を伴わないもの。
全ゲノム解析を含めたゲノム医療の進歩に伴い、ゲノム情報に基づく差別への対応も重要な課題となってきている。国内でも、就職や生命保険、結婚などにおける不当な差別の事例が報告されている。こうした流れを受け、2023年6月にはゲノム医療法が成立し、ゲノム情報の保護や差別防止のための社会環境整備が進みつつある。また、医療従事者を含む社会全体へのゲノム医療のリテラシーに関する普及啓発が求められている。
PAP基礎講座2「全ゲノム解析のがん医療への応用」
基礎講座2では、がん遺伝子パネル検査の次なる段階として期待される全ゲノム解析について、講演が行われた。発言要旨を紹介する。
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提供:河野隆志先生
全ゲノム解析は、全てのゲノム領域を対象とした検査である。現在は研究段階だが、がん遺伝子パネル検査を補完し、パワーアップしたゲノム検査といえる。全ゲノム解析によって、新たなゲノム変化が発見され、新しい治療薬の開発につながることも期待される。
全ゲノム解析は、多くの遺伝子を調べられるだけでなく、同じ遺伝子であってもより詳しく調べることができる。そのため、がん遺伝子パネル検査では検出しにくい遺伝子の量的変化まで捉えられる。たとえば、遺伝性乳がん・卵巣がんの原因となるBRCA1遺伝子の欠失も、全ゲノム解析では容易に検出可能である。
また、まれで難しいがんの診断にも、特徴的な遺伝子異常を検出できる全ゲノム解析が役に立つ。実際にオランダでは、原発不明がん*の診断を目的とした全ゲノム解析が、保険診療で行われている。
さらに全ゲノム解析は、遺伝子変異のパターンにより、そのゲノムが何によって傷ついたかを示し、がんの原因物質を明らかにすることができる。具体的に肺がんの全ゲノム解析の研究では、能動・受動喫煙のいずれでも遺伝子変異が増加するが、変異の生じ方には違いがあることが示された。将来的には、こうした解析結果を活用し、食生活や大気汚染などの実情を踏まえた、日本人に適したがん予防対策につながることが期待される。
*原発不明がん:転移が見つかったものの、最初に発生した部位・臓器を特定できないがん。
がん遺伝子パネル検査を受けた患者さんの約半数には、推奨される治療薬が提示できていない。その対策として、全ゲノム解析によって治療標的となる新たなゲノム変化の発見が求められる。現在、日本医療研究開発機構(AMED)の研究費により、全ゲノム解析の前向き観察研究が進行中である。この研究成果として、全ゲノム解析により約50%の患者さんで治療に役立つ遺伝子変異が見つかり、26%に治療薬が提案された。このように全ゲノム解析のがん医療への応用は、現時点では研究段階にあるものの、臨床現場で実現可能であることが示されつつある。
厚生労働省は、全ゲノム解析の研究を統括する組織として、2026年3月30日に日本ゲノム医療推進機構(Genomic Medicine Japan、GeMJ)を国立がん研究センター内に発足させた。GeMJによる質の高い情報基盤の構築により、解析結果の日常診療への導入、新たな個別化医療の実現、蓄積されたデータを用いた研究や新しい治療薬の開発につながることが期待される。がんゲノム医療はがん克服を目指し、遺伝子パネル検査から全ゲノム解析へと進みつつある。
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