一般社団法人日本神経治療学会(以下、日本神経治療学会)と株式会社メディカルノートによる第1回連携ウェビナーが2026年3月26日に開催されました。テーマは「PMDA経験者が語るレギュラトリーサイエンスと神経治療の未来」、基礎研究で見出された医薬品のシーズをいかにして早く確実に患者さんに届けるのか――。当日の講演内容をダイジェストでお伝えします。
登壇者(講演順)
はじめに日本神経治療学会 理事長の青木 正志先生より、日本神経治療学会の概要とウェビナーの目的についてお話がありました。
青木先生:
日本神経治療学会は、神経疾患の治療法がまだ数少なかった時代である1983年に発足した「神経内科治療研究会」を前身として、1992年に設立されました。本学会は設立以来、神経疾患の治療学の発展、教育・啓蒙、そして新規治療の開発推進を目的に活動を続けてきました。特に「創薬推進」を重要な取り組みとしており、医薬品医療機器総合機構(PMDA)との連携を重視しています。具体的な活動として、PMDA経験者による創薬推進委員会への参画、学会などでのジョイントシンポジウムの開催、そして本日のテーマであるPMDAへの医師派遣を推進してきました。本日は、PMDAでの実務を経験し、現在はアカデミアの第一線で活躍されている3名の先生方に、レギュラトリーサイエンス*の視点から神経治療の未来を語っていただきます。
*レギュラトリーサイエンス:科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和のうえで最も望ましい形に調整するための科学。
続いて、中村 治雅先生より「PMDAでの経験とその後 レギュレーションを知り難病・希少疾患の治療開発に関わる」というテーマでお話がありました。
中村先生:
私は1999年に大学を卒業後、神経内科医として神経難病の診療に携わってきました。海外で承認されている薬剤が日本では使用できない「ドラッグ・ラグ」の現実に直面し、解決の糸口を求めPMDAへ入職しました。PMDAには2005~2008年、2012~2014年に在籍し、延べ5年半勤務しました。その間は、生物統計学や薬理学、薬物動態学などの専門家とチームを組み、新薬の承認審査や対面助言などを担当したほか、米国FDAや欧州EMAなどとの国際的な医薬品規制に関する協議に参加する機会にも恵まれました。
現在は国立精神・神経医療研究センターにて、治験や臨床研究を支援する部門の責任者を務めています。PMDAでの経験を通じて、臨床開発や薬事、臨床研究・治験に関する知識を習得し、希少疾患の医薬品開発のための基盤整備やレギュラトリーサイエンスへの関わりなどもできるようになりました。現在私が進めている、筋ジストロフィーなどの神経筋疾患の患者レジストリ(登録システム)「Remudy」の構築と、これに関係した新薬承認への貢献はその一例です。また、希少疾患の国際的コンソーシアムであるIRDiRCへの参画や、2026年3月にワシントンで開催されたASENT(米国神経治療学会)とのジョイントシンポジウムのプログラム委員を務めるなど、PMDAで得たネットワークが現在の活動につながっています。アカデミアの枠を超え、行政や企業、海外当局と対等に対話できる視野を持つことで、神経治療を多角的かつ迅速に推進するために貢献できるのではないかと考えています。
次に、橋詰 淳先生より「PMDA経験者が語る レギュラトリーサイエンスと神経治療の未来」というテーマでお話がありました。
橋詰先生:
私はこれまで名古屋大学にて臨床医と研究医としてのキャリアを歩んできました。2009年からは球脊髄性筋萎縮症に対するリュープロレリン酢酸塩の医師主導治験に関わりました。球脊髄性筋萎縮症は、成人で発症する神経筋疾患で、四肢などの筋力低下や筋萎縮が緩やかに進行する難病です。症状は15~20年かけて進行するため短い治験期間では薬剤の効果を見出しにくく、また患者数が10万人に1~2人と少ないため大規模な治験を実施しにくいという、緩徐進行性の神経難病に対する医薬品開発における典型的な課題を有していました。私は治験デザインの策定など準備段階から、治験の実施、PMDAとの面談、承認前のGCP調査など、この臨床開発に広く関わり、幸いなことに、2017年8月に薬事承認を取得することができました。
私の経歴の特殊な点は、自身が医師主導治験に関わっている時期に重なって、PMDAで新薬審査専門員として勤務したことがあることです。私は新薬審査第二部の所属であり、リュープロレリン酢酸塩の審査をしていた新薬審査第三部とは部門が異なりましたが、同時期に開発者側と審査側の双方として創薬に関われたことは、私にとって大変貴重なことでした。この経験を通じて見えてきたのは、創薬におけるアカデミアと製薬企業の間の大きな認識の乖離です。アカデミアの研究者は「病態メカニズムを解明すれば創薬ターゲットは同定した」と考えがちですが、企業側は開発にかかる経済的合理性も考慮し、患者を対象とした第II相試験での有効性・安全性の確認を経てPoC(Proof of Concept、概念実証)を取得したと考えます。PMDAの審査においては、科学的な重要性に加えて、適切に実施された治験の結果に基づいた有効性・安全性の評価が求められます。アカデミアが、医薬品開発のプロセスを理解し、製薬企業や行政といったパートナーと協働することこそが、神経領域での創薬を活性化するために重要であると考えています。
最後に、佐久嶋 研先生より「PMDAの審査・レギュラトリーサイエンス そしてアカデミアにおける臨床開発へ」というテーマでお話がありました。
佐久嶋先生:
私は、大学卒業後に臨床の経験を積んだ後、京都大学大学院で臨床研究を学び専門職修士を取得しました。北海道大学での博士課程を経た後、厚生労働省の「革新的医薬品・医療機器・再生医療製品実用化促進事業」によって、PMDAで勤務する機会を得ました。PMDAでは通算10年半にわたり医薬品などの審査とレギュラトリーサイエンスに従事しました。臨床医学担当として新薬の承認審査に携わったほか、製薬企業やアカデミアに対する相談業務を通じて、臨床試験のデザインなどについて議論できた経験は、現在の業務の土台となっています。レギュラトリーサイエンスの分野では、希少疾患に対する医薬品開発や患者・市民参画に関連するワーキンググループに関与するとともに、電子データの標準化やデータ解析に関する業務も行いました。この時期に1年間の米国FDAへの派遣やICH(医薬品規制調和国際会議)での国際的な議論に参画する機会を得ることができました。
これらの経験を活かし、現在は北海道大学病院において、基礎研究の成果を臨床現場へ届ける「橋渡し研究」の支援に尽力しています。加えて、北海道大学は「脳神経科学統合プログラム」に実用化支援の立場で参画しており、私はレギュラトリーサイエンスの専門家として、研究者が見出した医薬品のシーズをいかにして薬事承認という実用化に導くかという課題に一緒に取り組んでいます。神経疾患に対する新たな治療技術が次々と登場していますので、この勢いをさらに発展させて、治療を飛躍させるチャンスにつなげられればと思っています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。