(キャプション)右から、中房祐司先生、橋本香織看護師長、井上重隆先生
海外で大規模な災害や紛争が起きたとき、医療者はどのように現地へ向かい、どのような活動をするのだろうか。
国内外の災害や紛争などに際して救援活動を行う仕組みを持つのが、日本赤十字社(以下、日赤)だ。いくつかの病院が中心となって海外での救援活動を担う人材の派遣や育成を行っており、日赤ではそれらを「国際医療救援拠点病院」として指定されている。
2026年4月に、福岡赤十字病院がその拠点病院の1つに加わった。
なぜ同院が国際医療救援拠点病院に指定されたのか。そして、海外の災害や紛争現場に向かう医療者は、平時からどのような訓練を受けているのか。同院の院長である中房 祐司先生、国際医療救援部長で第一消化器外科部長の井上 重隆先生、国際医療救援課長の橋本 香織看護師長にお話を伺った。
――まず、赤十字病院は一般的な病院とどう違うのでしょうか?
中房先生:日赤は、「人間の生命は尊重されなければならないし、苦しんでいる者は、敵味方の別なく救われなければならない」という赤十字の人道の原則の下、人間の命と健康、尊厳を守る活動をしています。
平時には、私たち日赤の病院は一般的な病院と同様に地域に必要とされる医療を提供する一方、国や自治体から要請があれば救急医療や産科、小児科といった採算が取りにくい領域の医療にもしっかりと対応していく役割を担います。
また、今年の熊本の地震や千葉の水害のような災害時、あるいは先のコロナ禍のような感染症が蔓延した際には、行政と協力して積極的に救援活動を行うことが日本赤十字社法によって義務付けられており、これは救護業務と呼ばれます。
――たしかに赤十字病院というと、災害時にはとくに活躍をされているイメージがあります。それは法律で決まっているのですね。
中房先生:そのとおりです。それからもう1つ、法律で決まっているのが「救護員」の存在です。救護員とは、医師や看護師などの医療スタッフを中心に、災害が起きたときに現場へ派遣できるよう日頃から研修や訓練を受けている要員のことです。
全国の全ての赤十字病院は平時から救護員のチーム、「常備救護班」を編成しており、災害が起きたときにすぐ、半日以内には派遣できる体制を整えています。
このように、災害時や感染症の流行時に積極的に活動する義務を負っている点が、他の病院とは大きく異なるところだと思います。
――平時から災害などへの備えをしている赤十字病院の中で、福岡赤十字病院は今年(2026年)の4月、「国際医療救援拠点病院」の指定を受けました。「国際医療救援拠点病院」とはどのような病院なのでしょうか。
中房先生:国際医療救援拠点病院の大きな役割は2つあります。
1つは、日赤本社の国際部と協力しながら海外での医療や生活支援などの救援事業の中心となり、人材を派遣することです。
海外への派遣自体は国際医療救援拠点病院ではない赤十字病院でも可能ですが、拠点病院には、大規模災害などの緊急時に本社からの要請に迅速に応え、ERU(緊急対応ユニットと呼ばれる、緊急時に作られる医療施設)を含む緊急派遣に対応できる体制を平時から整えておくことが求められています。
すでに当院でも、初動で派遣できるよう体制を整えています。
もう1つは派遣する人材を育成することで、平時はこちらが基本的な業務となります。
当院でも新たに「国際医療救援部」を設置し、そこで経験豊富な人たちが養成プログラムを策定し、実際にプログラムを実施しています。当院のスタッフだけではなく、他の赤十字病院のスタッフもその教育対象となります。教育も担いながら、国際派遣要員を育成していく。そこが他の赤十字病院とは違う部分だと思います。
ちなみに、国際医療救援拠点病院はこれまで東京・広尾の日本赤十字社医療センター、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院、大阪赤十字病院、熊本赤十字病院、日本赤十字社和歌山医療センターの5施設が指定されていました。そして我々福岡赤十字病院が6施設目として加わった形です。
――今回、福岡赤十字病院が拠点病院に指定された経緯を教えてください。
中房先生:そもそも福岡赤十字病院は、指定を受ける前から40年以上にわたって毎年のように海外へ人材を派遣してきた歴史があります。コロナ禍で人を出しにくい時期にも派遣を続け、その結果、海外派遣を経験した人材が院内に育ち、さらにその経験を次の世代に伝えられる指導者層まで育っていました。派遣や人材育成を支える土台がすでに病院の中にできあがっており、その実績が今回の指定につながったのだと思います。
もう1つ、私自身のことをお話しすると、「拠点病院になりたい」という気持ちを強く持っていました。国際活動をご自身もされている親しい院長先生から、「福岡赤十字は活動実績があるのに拠点病院になっていないのはおかしいのではないか」と言われたのがきっかけです。
どういう基準で指定を受けられるのかも分からなかったので、それならばアピールしてみようと考え、2020年の院長就任後に日赤本社の会議に出る機会が増えるなかで、お会いする国際部の人たちに「うちもそろそろやりますよ」と伝え続けていました。
井上先生:そうですね、病院として実際に海外派遣の体制を築けているか、実績が伴っているかということに加えて、院長自身の「拠点病院になりたい」という意思の強さが、今回の指定では大きかったと思います。
――中房先生の熱い思いがあったのですね。実際の活動内容を具体的に伺いたいのですが、先ほど、拠点病院は国際派遣要員を育成する業務を行っているとおっしゃっていました。国際派遣要員になるためには特別な能力が必要なのでしょうか。
井上先生:そうですね、まず求められるのは英語力です。目安としてはCEFR B2*相当の語学力が求められ、語学研修などの勉強によってこの基準をクリアする必要があります。
それに加え、国際要員として登録されるためには、所定のeラーニングを修了したうえで、日赤国際要員として海外派遣されるために必要な2つの研修を受講する必要があります。
1つ目は日赤の基礎研修です。これは、世界各地から集まったメンバーと1週間、合宿形式で国際赤十字・赤新月社連盟から来たレクチャラーの英語での赤十字活動や救援活動に関する講義とグループワークを受けるもので、海外で赤十字スタッフとして活動するために必要な知識に加え、知らない土地で初対面のチームメンバーともうまくやっていくためのコミュニケーション能力を養います。
また、実際の海外派遣に先立って、安全管理研修Ⅱを受講します。危険を予測する方法や、治安状況の判断の仕方、危険な状況にどう対応すべきか、学ぶことはたくさんあります。海外の伝染病についても、治療の知識だけでなく自分自身がかからないための知識が必要ですし、災害や戦争による外傷は日本では見ることのない種類のものも多いです。
こうした赤十字の国際活動に関する研修で特徴的なのが、現地の赤十字社・赤新月社の人たちと一緒に働くための方法を学ぶことです。この研修の目的は、自分たちが提供した支援が、いずれその土地に「根付く」ようにすることです。派遣した要員が去った後も地元の方が運営を続けていけるよう支援するプロセスや、現地の状況をどう見極めるかといったアセスメントの方法を学びます。
――なるほど、かなり高い英語力に加え、コミュニケーション能力が必要なのですね。
中房先生:そうですね。ただ、要員の能力や使命感に頼るだけでなく、安全管理については国際医療救援拠点病院が組織として安全に活動できる仕組みを整え、送り出すことが大切だと思っています。
*CEFR B2:日常生活や仕事において、幅広い話題について英語でやり取りできる中上級レベル。TOEIC L&Rでは785点以上が一つの目安となる。
橋本看護師長:具体的には、現地ではレポーティングラインや安全管理上の責任者を明確にし、安全面で懸念がある場合には、現地の管理体制や日本赤十字社とも相談し、必要な対応をとれる仕組みを整えています
――安全性について、何重にも仕組みをつくって要員を守っているのですね。
橋本看護師長:はい。さらにいえば、海外派遣には本人だけでなく、家族の理解も欠かせません。私は子どもが5歳のときに派遣へ行きました。子どもとは、日本時間の19時から30分だけは必ず通話の時間をとることを約束していました。昼間の仕事の合間に、日本の自宅で夕食を食べている子どもと「今日どんなことをしたの」と話すことが、ストレス解消にもなっていました。
井上先生:橋本さんのように、小さなお子さんがいるなかでの派遣の場合はとくに大変だと思います。ですが、どんな立場の誰が派遣されるのであれ、「国際派遣には事故などのリスクがある」という前提でご家族としっかり話をして、みんなが前向きな気持ちで海外に向かえることが、要員派遣にとって重要です。そして、このようなご家族との相互理解の方法のレクチャーも先ほどお話しした安全管理研修の中で行われ、十分な心理的安全性をもって派遣を行っています。
――貴院では何人の方が要員として登録されているのでしょうか。
中房先生:当院では現在(2026年9月時点)、国際要員として7名が認定されており、2名が登録に向けて研修を受けている段階です。
――準備は着々と進んでいるのですね。では、実際に海外で大規模な災害や紛争が起きた際は、どのような初動体制をとるのでしょうか。
井上先生:海外派遣は病院が単独で判断するものではありません。被災国の赤十字社・赤新月社や国際赤十字からの支援要請を踏まえ、日本赤十字社本社が支援の必要性や派遣形態を調整し、要員の派遣につなげていきます。
――では、初動で派遣された際、派遣先では具体的にどのような活動をするのでしょうか。
井上先生:主な任務は、超急性期からポスト急性期までの医療提供です。まず、サッカー場のような場所を借りて、テントの中に手術室やICU、分娩室まで備えた病院をつくります。
橋本看護師長:そこで必要になるのは、電気や水の確保です。これは我々医療者にはできない仕事なので、病院の施設管理を担う職員に、発電機の扱い方や浄水の方法など専門の研修を受けてもらい、要員登録してもらっています。物資の管理や、支援後に現地の赤十字へ物品を引き渡すための手続きを担う事務職員も欠かせません。つまり、医師や看護師だけでなく、さまざまな職種の人が派遣されます。
井上先生:そして、重要なのが研修の説明でもお話しした、「根付く」ための活動です。医療の知識や技術は現地に入って終わりではなく、その後も更新し続けなければ意味がありません。私の知り合いには、パレスチナの難民キャンプで長年活動を続けている医師がいます。彼はそこでもう何十年も支援に関わっているのですが、現地で行っているのは単なる患者さんの診療だけではありません。
医療の技術は日々進歩していますから、現地のスタッフに向けて新しい技術を教育し、知識をアップデートしていくことも重要な役割として担っています。とくにガザの周辺で紛争が激化してからは、状況がさらに過酷になりました。そのような現場では純粋な医療行為だけでなく、本来事務員が行う救援物資の管理や物流の調整も、医師の業務として非常に大きなウエイトを占めます。医師だからといって診療だけしていればよいというわけではなく、裏方の作業も含めて幅広い視野で現場を支えなければ、本当に必要な方へ医療を届けることはできないのです。
そういった面も含めて、海外への要員派遣は医療の原点を考えさせられる活動だと思っています。
――ありがとうございます。井上さん、橋本さんはすでに海外での派遣活動経験がおありだと思うのですが、これまでお話を伺うとかなり大変なお仕事だと思います。それでもなお海外へ行きたい、という情熱を持ち続けられたのはなぜでしょうか。
井上先生:原点には赤十字の原則への共感があると思います。海外で出会い、我々がサポートをする方々の多くは、国は違っても本来なら普通に友人になれるような人たちです。たまたま経済的に厳しい地域に生まれ、そこで暮らしているというだけで、大きな困難に直面している。そうした方たちに手を差し伸べることが必要だと強く思っています。赤十字病院でこの活動に携わっている多くの人は同じような思いをもって、リスクを負いながらも、この活動を続けたいと思っているのではないでしょうか。
橋本看護師長:私も赤十字の理念に共感して、この活動に誇りを持ちながら携わっています。私たちが行くことで、紛争地域や被災地の方の人生が少しでもよいものになっていったらいいなと思いますし、先輩たちが積み重ねてきた思いをしっかりつないでいくのが自分の役割だと感じています。
――そうなんですね。1点伺いたいのですが、日本でも毎年のように、災害によって支援を求める地域があります。国内の支援を優先すべき、という声が届くこともあるのではないでしょうか。
中房先生:そういったご意見をいただくことはあります。もちろん、日本国内の災害があれば全国の赤十字病院が、日本赤十字社法にもとづき支援を行っています。その上で我々は赤十字の理念に従い、世界中で苦しんでいる方を救うための人道支援も行う。どちらも我々にとっては重要なのです。
――指定後に海外での救援活動に派遣した事例をお教えください。
橋本看護師長:直近の活動としては、国際赤十字・赤新月社がタイに設置しているタイ・ベトナム・ラオス・カンボジアを担当する事務所に看護師1名を派遣しています。
これは、各国の赤十字社が立てる災害対策の計画がうまく進んでいるかをモニタリングしながら、必要に応じて支援を行うという役割です。1〜2か月に一度、活動報告をミニ新聞のような形にまとめて送ってくれて、院内で見られるようにしています。先ほど話題に挙げた派遣中の家族との連絡は、LINEなどを使いながら「到着したよ」「今こんな状況だよ」といったやり取りを続けているそうです。
中房先生:ここで1つお話ししておきたいのが、海外派遣は決して派遣されたスタッフだけの活動ではないということです。現地へ赴いた職員に話を聞くと、彼らは決まって「自分が派遣されている間、みんなが職場を守ってくれている。そのことに感謝しかない」と口にします。国際救援活動は、留守を預かる病院の仲間たちの支えがあってはじめて成り立っているのです。
過酷な現場に立つ仲間への敬意と、留守の病院を守るスタッフへの感謝。この双方向の思いは、当院の「信頼と調和」という理念そのものだと感じています。こうした仲間を大切にする温かい心は、日々の地域医療において、患者さんに優しく寄り添う姿勢にも必ずつながっていくはずです。
――なるほど。拠点病院への指定によって、貴院に前向きな変化はあったのでしょうか。
中房先生:そうですね、拠点病院に指定されてまだ半年ほどですが、院内にはポジティブな変化が生まれ始めていると感じています。海外派遣の中心的なメンバーは、新設した国際医療救援部での教育プログラムづくりに積極的に取り組んでくれていますし、他院の先輩を訪ねて情報を集めるようなことも増え、大変意欲的です。
一般の職員にとっても、海外派遣は身近な存在になりつつあるようです。これまでハードルが高いと思われていた海外派遣が、実際に行く人たちを間近で見ることで自分にもチャンスが巡ってくるかもしれないと感じ、語学の勉強を始める人も出てきています。今後、他の赤十字病院から「福岡赤十字病院で研修を受けて活動したい」という人が集まってくれたらと考えています。
――最後に、国際医療救援拠点病院になったことで、今後、福岡赤十字病院はどんな病院になっていくのでしょうか。
中房先生:私が院長に就任した際に掲げた理念は、「地域とともに世界を視野に 信頼される最善の医療を」というものです。当院はこれまでも、周辺の医療機関と連携しながら、地域に根ざした高度な医療を提供してきました。それに加えて、赤十字活動としての災害医療や海外救援にも力を入れてきたつもりです。
拠点病院に指定され、派遣人材の育成プログラムはこれから実行に移していく段階に入ります。今後はさらに国際活動を活性化させ、強い使命感を持って取り組んでいくことで、地域だけでなく世界にも認められるような病院にしていきたいと考えています。
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