近年、口腔外科(こうくうげか)には、口や顎(あご)の病気を治療するだけではなく、ほかの診療科の治療を支える役割も求められるようになっています。2026年11月6~8日に幕張メッセ(千葉市)で開催される第71回日本口腔外科学会総会・学術大会では、こうした仕事の広がりや魅力を未来の担い手にも知ってもらおうと、中高生やその保護者を対象に「口腔外科医」という仕事を紹介する市民公開講座が開催されます。大会長を務める鶴見大学歯学部 口腔顎顔面外科学講座 教授の濱田 良樹(はまだ よしき)先生に、大会に込めた思いや注目のプログラムについてお話を伺いました。
口腔外科とは、歯や口の中(口腔)だけでなく、顎や顔面を含む領域の病気やけがを診断・治療する診療科です。近年、大学病院や総合病院の口腔外科では、こうした従来の診療に加えて、ほかの診療科の治療を支える役割が大きくなってきています。
その代表例が「周術期口腔機能管理」です。周術期とは、手術などの治療を受ける前後の期間を指します。ほかの診療科で手術や抗がん薬治療、放射線治療などを受ける患者さんの口腔内の状態を確認し、必要なケアを行います。口や顎とは直接関係のない治療であっても、口腔内の衛生状態が悪いと術後感染などのリスクが高くなるためです。事前に口腔内環境を整えることで術後のトラブルが減り、治療の完遂率の向上や入院期間の短縮につながります。
こうした背景から、これらの治療を受ける患者さんの口腔管理を、医科の診療科から依頼される機会が増えています。総合病院に新たに口腔外科を設ける際にも、周術期口腔機能管理を担ってほしいという要望が多くあります。口や顎の病気やけがの治療からほかの診療科の治療を支える役割まで、口腔外科が担う幅広い仕事の内容ややりがいについて、これから進路を考える若い世代にもお伝えしたいと考えています。
今大会では中高生やその保護者を対象とした市民公開講座を企画しました。口腔外科とは、どのような診療科なのか、一般の方にはあまり知られていません。「歯を抜くのが専門の診療科」という印象を持たれるかもしれませんが、実際には、腫瘍(しゅよう)やけがの治療に加え、顎や顔面の変形を治したり、病気やけがで失った組織を再建(失われた形や機能を手術で取り戻すこと)したりと、多彩な外科診療を行っています。殊に再建手術では、腰や脚の骨を移植して顎骨を再建したり、軟らかい組織を移植したりする場合には顕微鏡を使って細い血管同士をつなぐような手術も行います。
ところで巷では「歯科医師は多すぎる」と言われています。しかし、総合病院などにおいて口腔外科へのニーズが高まる一方、病院に勤務する歯科医師(多くは口腔外科医)は不足しています。口腔外科は、生涯にわたって学ぶことが尽きない奥深い分野ですが、実際のところ、歯学部の受験生でさえ、口腔外科という分野があることを知らないことがほとんどです。だからこそ、大学受験を迎える前の段階から「口腔外科医」という職業があることを知り、将来の選択肢の1つとして考えてもらえたらと願っています。
今回の公開講座では、私から口腔外科の全体像をお話しするほか、医学部附属病院で働く口腔外科医の仕事、女性口腔外科医の視点、海外との共同研究などグローバルな活動についても紹介する予定です。市民公開講座は11月8日15時50分から幕張メッセで開催し、11月24日以降はオンデマンドでも配信します。中高生や保護者の方はもちろん、多くの方に口腔外科医という仕事を知っていただくきっかけになればと思います。

未来を考えるのは、これから口腔外科医を目指す人だけではありません。すでに口腔外科の道を歩んでいる若い先生方から、私たちベテラン世代まで、それぞれの立場で今後の口腔外科の在り方を考えることも、今回の大会で大切にしたいと思っています。口腔外科の役割の変化を踏まえ、今後、どのような方向に進んでいくのか、一度立ち止まって見直す機会が必要ではないか――。大会テーマ「口腔外科界の未来を見据えて」には、そうした思いを込めました。
若い世代はこれからどのように未来へ挑んでいくのか。私たちベテラン世代は、次の世代に何を残しどのようにバトンをつないでいくのか。このような観点から座長や演者には、これからの学会を背負って立つ若い先生方を積極的に起用し、皆がもう一段高みを目指そうと思える大会にしたいと考えています。
「未来」を具体的に考えるため、学術プログラムでもさまざまな企画を用意しています。
その1つが、大災害への備えをテーマにしたプログラムです。最近も能登半島や熊本で大きな地震がありました。今回ご登壇いただくのは、阪神淡路大震災、東日本大震災、2016年熊本地震、ならびに2024年能登半島地震後の現場をリアルタイムで経験された先生方です。演者の先生方の実体験を、次の災害への備えとして、参加者の皆さんにも共有していただきたいと考えています。災害時に、口腔外科医は口腔内や顎、顔面のけがの治療のみならず、病院に搬送されてくる患者さんの全身状態を把握して治療の優先順位を判断するトリアージなどの役割を担うこともあります。また、避難所では、被災した皆さんの口腔ケアの指導に尽力することも重要です。口腔内環境の悪化が持病の悪化や感染症の発生リスクを高めることになるからです。このシンポジウムを通して、いざというときに口腔外科医として何ができるのかを、参加者の皆さんにも具体的に考えてもらう機会にしたいと思っています。
もう1つ、ご注目いただきたいのは、テキサス大学のエドワード・エリス先生の講演です。私自身が若い頃に留学した際にお世話になった先生で、長年にわたり口腔外科領域で活躍してこられました。今回は専門的な手術手技についてではなく、若手時代から現在に至るまでの歩みを語っていただきます。好奇心を持って問いを立て、その答えを自ら探していく姿勢を、若い先生方に感じ取ってほしいと考えています。
また、若い世代の方々には、より広く世界に目を向けて、発信する意欲を持ってほしいとも感じています。そこで、海外で活躍する日本人口腔外科医に自身の経験を語っていただくシンポジウムも予定しています。海外にも挑戦の場があることをお伝えできればと思っています。
病院に勤務する多くの口腔外科医は、口や顎の病気やけがの治療に携わるとともに、周術期口腔機能管理のように、ほかの診療科での手術やがん治療を支える役割も担っています。
口腔内の環境を整えることは、全身の健康を考えるうえでも大切です。歯が痛くなってから慌てて受診するのではなく、普段から定期的に歯科を受診して口の中の環境を管理することが、ほかの病気のリスクを下げ、元気に長生きすることにつながります。歯科の分野では、1989年から「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という「8020(ハチマルニイマル)運動」が進められてきました。ただ、大切なのは歯の本数ではありません。食事を楽しみながら元気にしている80歳以上の皆さんは、定期的に歯科を受診し、必要に応じて適切な歯科治療を受けるとともに、口腔ケアもきちんとできているのです。
口腔内の健康を保つことの大切さを、より多くの方に知っていただくことも、歯科・口腔外科医の重要な役割だと考えています。「未来を見据えて」という大会テーマには、口腔外科の未来のみならず、国民の皆さんの健康寿命の延伸を見据えるという思いも込めています。学術大会(一部を除く)、市民公開講座とも、現地開催に加えてオンデマンド配信も行いますので、多くの方にご参加いただければ幸いです。
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